第38話 降り続く雨
静かな星の庭園。
夜空には無数の星が瞬き、色とりどりの花々が優しく風に揺れていた。
その庭園の中央。
大きな木の下で、レイナはキャンディ先生へ静かに頭を下げる。
「先生ぇ。」
「リノちゃん……今日、家を出そうだよぉ。」
キャンディ先生は穏やかな笑みを浮かべたまま、小さく頷いた。
「そうですか。」
「ようやく、自分の心と向き合う時が来たのですね。」
レイナは嬉しそうに微笑む。
「もう何も感じたくないって思い始めてる。」
「あと少しだよぉ。」
キャンディ先生は庭園を見渡した。
眠る少女たち。
幸せな夢を見続けるその姿を、優しい眼差しで見つめる。
「……急ぐ必要はありません。」
「心は、誰かに動かされるものではありません。」
「最後に答えを選ぶのは、本人でなければ意味がありませんから。」
レイナは小さく頷く。
「ここからは私が迎えに行きましょう。」
「皆さんは、この庭園で待っていてください。」
「はぁい。」
レイナは楽しそうに手を振った。
キャンディ先生は白いコートを整え、ゆっくりと光の門へ歩いていく。
門の前で一度だけ立ち止まる。
「どうか。」
「あの子が、自分自身の答えを見つけられますように。」
そう静かに呟き、光の中へ姿を消した。
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その頃――。
雨は静かに降り続いていた。
リノはベッドの上で天井を見つめていた。
眠れない。
何もしたくない。
心も体も重たい。
時計を見る。
深夜。
「……。」
このまま部屋にいても、苦しいだけ。
リノは静かに車椅子へ乗る。
家族を起こさないよう、そっと玄関の扉を開けた。
冷たい雨が頬を濡らす。
傘も差さず、ゆっくりと夜の街を進んでいく。
街灯だけが淡く道を照らしていた。
やがて、小さな公園へ辿り着く。
誰もいない。
雨に濡れたブランコが、風に揺れている。
屋根のあるベンチへ車椅子を止める。
ただ雨を眺めていると、不意に足音が聞こえた。
「失礼。」
穏やかな声。
黒い傘を閉じた一人の男性が、少し離れた場所で足を止める。
「こちら、座ってもよろしいでしょうか。」
リノは小さく頷いた。
「……はい。」
男性は軽く頭を下げ、ベンチへ腰掛ける。
しばらくは何も話さない。
聞こえるのは雨音だけ。
その静かな時間が、不思議と苦しくなかった。
やがて男性が優しく口を開く。
「こんな時間にお一人とは、珍しいですね。」
リノは俯いたまま答える。
「……少し。」
「眠れなくて。」
男性は優しく微笑む。
「そうでしたか。」
「私も、眠れない夜は散歩をすることがあります。」
その言葉に、リノは少しだけ男性の方を見る。
「……あなたは?」
男性は軽く会釈した。
「申し遅れました。」
「私は天城と申します。」
「昼は学校で子どもたちに勉強を教えています。」
「先生……なんですね。」
「ええ。」
「子どもたちの話を聞くのが、私の仕事でもありますから。」
その笑顔には、不思議な安心感があった。
リノは視線を雨へ戻す。
しばらく沈黙が続く。
天城は無理に話しかけようとはしない。
ただ、隣で静かに雨を眺めていた。
その優しさに、少しだけ肩の力が抜ける。
「……最近。」
リノがぽつりと呟く。
「学校が……楽しくないんです。」
天城は驚くことも、励ますこともしない。
ただ静かに頷いた。
「そうですか。」
「それは、お辛いですね。」
その一言だけで、胸の奥が少し熱くなる。
「私……。」
「友達にも。」
「家族にも。」
「迷惑ばっかりかけてて……。」
「何も返せなくて。」
「もう……笑い方も分からなくなっちゃいました。」
雨音だけが二人を包む。
天城はゆっくりと口を開いた。
「ずっと、一人で抱えてきたのですね。」
リノは何も答えられなかった。
涙だけが静かに頬を伝う。
天城はその涙を見ても、慌てて慰めようとはしない。
ただ穏やかに寄り添うように座っていた。
やがて雨は少しずつ弱くなっていく。
天城は立ち上がり、傘を開いた。
「今日は、お話を聞かせてくださってありがとうございました。」
「……少し安心しました。」
リノは驚いたように顔を上げる。
「安心……ですか?」
「ええ。」
「あなたが、ちゃんと苦しいと言葉にできたこと。」
「それだけで十分です。」
リノはその言葉を胸の中で何度も繰り返した。
天城は軽く会釈する。
「また、お会いしましょう。」
「ご縁があれば、その時に。」
そう言って雨の夜へ歩き出す。
リノはその背中を見つめながら、小さく息を吐いた。
胸の苦しさは消えていない。
それでも――
ほんの少しだけ。
ほんの少しだけ、心が軽くなった気がした。




