第37話 壊れた心
朝。
目覚まし時計が何度も鳴っていた。
リノは布団の中でゆっくりと目を開ける。
時計を見ると、いつもより三十分も遅い時間だった。
「……あ。」
急いで起き上がろうとしたが、体が思うように動かない。
まるで全身に重い鉛が乗っているようだった。
「リノー? 起きてる?」
部屋の外から母の声が聞こえる。
「……うん。」
返事はしたものの、その声には力がなかった。
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学校へ着いても、いつものような笑顔は作れない。
ルルが近付いてくる。
「おはよう、リノ。」
「昨日、ちゃんと眠れた?」
リノは少しだけ笑おうとした。
「うん……。」
嘘だった。
昨日はほとんど眠れなかった。
目を閉じるたびに、あの手紙が浮かんでくる。
『どうしてまだ学校に来るの?』
その文字が頭から離れない。
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授業中。
先生が黒板を指差した。
「では、この問題をリノさん。」
「……え?」
急に名前を呼ばれ、頭が真っ白になる。
教科書を見る。
文字は見えている。
でも意味が入ってこない。
「……すみません。」
先生は優しく微笑んだ。
「大丈夫ですよ。」
教室は静かだった。
それが余計につらかった。
(また迷惑をかけちゃった……。)
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昼休み。
ひまりが元気いっぱいに駆け寄る。
「リノちゃん!」
「今日も一緒に食べよう!」
「みんな待ってるよ!」
リノは少し困ったように笑った。
「ごめんね……。」
「今日は食欲なくて。」
「えっ、大丈夫?」
「うん。」
「ちょっと疲れてるだけ。」
ルルも心配そうに覗き込む。
「保健室、行く?」
「大丈夫。」
また、その言葉。
「大丈夫。」
何度言ったか分からない。
その言葉を口にするたび、自分自身に言い聞かせているようだった。
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家へ帰る。
母が玄関で迎える。
「おかえり。」
「最近元気ないね。」
「学校で何かあった?」
リノは首を横に振った。
「何もないよ。」
母は少し安心したように笑う。
「そう?」
「無理だけはしないでね。」
「……うん。」
部屋へ戻る。
制服を着替える気力もない。
そのままベッドへ倒れ込んだ。
⸻
夕食。
好きだったハンバーグ。
それなのに、一口食べただけで箸が止まる。
「もういいの?」
母が心配そうに聞く。
「今日は食欲なくて。」
「そう……。」
家族はそれ以上何も聞かなかった。
その優しさが、かえって苦しかった。
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夜。
洗面所。
鏡を見る。
そこには自分が映っていた。
……違う。
鏡の中のリノだけが、ゆっくりと笑っている。
「こんばんは。」
リノは息を呑む。
「また会えたね。」
「……。」
「今日も頑張ったね。」
鏡のリノは優しく微笑む。
「疲れた?」
リノは小さく首を振る。
「まだ頑張れる……。」
鏡のリノは悲しそうな顔をした。
「じゃあ。」
「笑ってみて。」
リノは口元を動かそうとする。
でも、笑えない。
「……あれ。」
何度やっても。
笑えない。
鏡のリノは優しく囁く。
「ほら。」
「もう笑えなくなってる。」
「違う……。」
「違わないよ。」
「眠れない。」
「食べられない。」
「笑えない。」
「全部、自分で分かってるでしょ?」
リノは耳を塞いだ。
「やめて……。」
「聞きたくない。」
鏡のリノはさらに近付いてくる。
「ねぇ。」
「もう誰にも迷惑をかけたくないよね。」
「だったら。」
「全部、終わらせちゃえばいい。」
「もう頑張らなくていいんだよ。」
「やめてぇっ!!」
リノは鏡から目を逸らし、その場にしゃがみ込んだ。
息が苦しい。
涙が止まらない。
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部屋へ戻る。
ベッドへ倒れ込む。
天井を見つめたまま、小さく呟く。
「……疲れた。」
「何も考えたくない。」
「何も感じたくない。」
涙だけが静かに頬を伝う。
その頃。
校舎の屋上。
夜風に髪を揺らしながら、レイナが街を見下ろしていた。
「順調だよぉ……。」
「あと少し。」
「あと少しで、全部楽になれるからねぇ。」
優しく微笑むその瞳だけが、夜の闇に静かに溶けていった。




