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リボンが黒く染まるまで 〜救うほど闇に近づく魔法少女になってしまいました…!〜  作者: ぽころっと
Chapter 2 食べられた願い

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第26話 黒い案内役


 放課後の校舎は、昼間より少しだけ広く感じる。


 誰かの声が遠くで響いて、すぐに消える。

 廊下に残った夕日が、床に細長い線を作っている。


 リノは、空き教室の窓際に立っていた。


 昨日まで文化祭の飾りが残っていた教室も、今はすっかり片づいている。

 机も椅子も元の場所に戻されて、黒板には授業の文字が少しだけ残っていた。


 でも、リノの中は片づいていなかった。


 赤いリボン。

 担当星兎。

 星見台小学校の六年生、夕凪ひまり。


 そして、ミミルが言った言葉。


 心の声が、星の裏側に届きやすい子が選ばれる。

 誰かの痛みに、気づきすぎてしまう子。


 助けるために選ばれるのではなく、助けが必要な子が選ばれているのかもしれない。


 その考えが、胸の奥に残っている。


「リノちゃん」


 ミカが、そっと隣に来た。


「大丈夫?」


 リノは少しだけ迷って、首を横に振った。


「大丈夫じゃ、ないかも」


 そう言うと、ミカは小さく頷いた。


「うん。今は、それでいいと思う」


 セナは教卓の近くで、ノートを開いていた。

 いろはは窓際の机に座り、少し落ち着かない様子で足を揺らしている。


 ひまりは、椅子に座るというより、椅子の上で小さく跳ねていた。


「えー、ここって放課後も入っていいの? なんかドキドキするんだけど」


 ピリカがひまりの肩から言う。


「勝手に入ってるわけじゃないでしょ。ルルが許可取ってくれたんだから」


「そっか。ルル先輩、すごいね」


 ひまりは素直に感心したように言った。


 教室の後ろでは、ルルが静かに立っている。

 星の髪飾りが夕日に光っていた。


「空き教室の使用許可を取っただけだよ」


「それでもすごいよ。わたし、小学校で空き教室入ったら先生に『何してるの?』って言われるもん」


「それは普通に心配されてるだけだと思う」


 セナが淡々と言うと、ひまりは「え、まじで?」と目を丸くした。


 そのやり取りに、ミカが少し笑う。


 ノアは窓枠に腰をかけていた。


 制服の上から黒いリボンが、風もないのにゆらりと揺れている。


「で」


 ノアが退屈そうに言った。


「今日はうさぎ会議?」


 ミミルが机の上で耳を伏せる。


「……茶化さないで、ノア」


「別に。分かりやすく言っただけ」


 ピリカがむっとする。


「うさぎじゃなくて星兎族」


「同じでしょ」


「違う!」


「星がつくかどうか?」


「そういう問題じゃない!」


 ひまりがピリカをなだめるように、頭をぽんぽんと撫でた。


「ピリカ、落ち着いて。ノア先輩、わざと言ってるっぽいよ」


「分かってるから怒ってるの!」


「そっか」


 リノはその様子を見ながら、少しだけ息を吐いた。


 ピリカがいるだけで、ミミルだけでは見えなかった星兎族の輪郭が見えてくる。


 ミミルはずっと、リノのそばにいた。


 でも、ミミルだけが特別だったわけではない。


 魔法少女には、それぞれ担当星兎がいる。


 それなら。


 ルルにも。

 ノアにも。


 そして、メルにも。


「ミミル」


 リノは言った。


「話して。担当星兎のこと」


 ミミルは、小さく頷いた。


「うん」


 机の上に立ったミミルの白いリボンが、少しだけ揺れる。


「魔法少女には、基本的に担当星兎がつく。契約を結んだ時、その子の心のリボンに、担当星兎の星の糸が結ばれるんだ」


「星の糸?」


 ミカが聞き返す。


 ピリカが補足する。


「目には見えないけど、案内するためのつながりみたいなもの。ノイズの気配を伝えたり、変身を助けたり、リボンの色や善悪値の変化を感じたりするの」


「じゃあ、ミミルがリノちゃんのことを分かるのも、それ?」


「うん」


 ミミルは頷いた。


「リノのリボンが黒く染まった時、ぼくには分かる。灰色の糸が強くなった時も」


 リノは胸元に触れる。


 黒い染み。

 灰色の糸。

 昨日、そこに少しだけ映った赤い光。


「でも」


 セナがノートを見ながら言った。


「魔法少女全員に担当星兎がいるなら、今まで姿が見えなかった理由が必要になる」


「うん」


 ミミルの声が少し沈んだ。


「ずっとそばにいられるとは限らないんだ」


 教室が静かになる。


「善悪値が大きく傾いたり、契約線が傷ついたり、魔法少女本人が案内を拒んだりすると、担当星兎の声は届きにくくなる」


「届きにくくなる?」


「最初は、遠くなるだけ。でも、ひどくなると……切れる」


 リノの胸が少し冷える。


「切れたら、どうなるの?」


 ミミルは答える前に、ちらりとノアを見た。


 ノアは窓の外を見たまま、何も言わない。


「担当星兎の声が届かなくなる。星兎族からの制御も、警告も、案内も届かない」


 ピリカが続ける。


「そうなると、魔法少女は自分のリボンの声だけを聞くようになる」


「自分のリボンの声……」


 いろはが小さく呟いた。


「それって、いいことじゃないの?」


 ノアがふっと笑った。


「いいことに聞こえるでしょ」


 その声は軽かった。


 でも、どこか冷たかった。


「誰にも止められない。誰にも指図されない。自分の痛みも、怒りも、願いも、全部そのまま聞こえる」


 ノアはリノを見る。


「楽だよ。最初はね」


 リノは何も言えなかった。


 ルルが、少しだけ目を伏せる。


 リノは思いきって尋ねた。


「ルル先輩にも、担当星兎がいたんですか?」


 教室の空気が、少し重くなった。


 ルルはすぐには答えなかった。


 それから、静かに頷いた。


「いたよ。昔はね」


 ミミルの耳が伏せる。


 ピリカも、少しだけ黙った。


「ルチカっていう子だった」


 ルルの声は、夕方の空みたいに静かだった。


「耳の先が、青白く光る星兎。私より先に、危ないって気づく子だった」


「今は……?」


 リノが聞くと、ルルは窓の外を見た。


「星結びの庭に戻った」


 それだけ言って、少し間を置く。


「アヤメの時、ルチカは何度も止めた。急がないで、本人の声を聞いて、正しさだけで開けないでって」


 ルルの指先が、制服の袖を握る。


「でも、私は聞かなかった」


 誰も何も言わなかった。


「聞こえなかったんじゃない。聞かなかったの」


 ルルの言葉が、教室の床に落ちる。


「私は、正しいことをしていると思っていたから」


 リノは、あの日ルルが話したアヤメのことを思い出した。


 白い箱。

 正しさで壊された心。

 笑いながら痛かったと言った友達。


「それから、ルチカの声は遠くなった」


 ルルは小さく息を吸う。


「私が戻らせたのか、あの子が離れたのか、今でもよく分からない」


「ルル先輩……」


 ミカが小さく呼んだ。


 ルルは少しだけ笑った。


「だから私は、今でも怖い。正しいと思った瞬間ほど、誰かの声を聞き落とすんじゃないかって」


 セナが静かにノートを閉じた。


「……覚えておきます」


 ルルはセナを見る。


「うん。お願い」


 そのやり取りを、ノアは黙って聞いていた。


 リノは、今度はノアを見る。


「ノアにも、担当星兎がいたの?」


 ノアは面倒くさそうに目を細めた。


「いたよ」


 意外なくらい、あっさりした返事だった。


「ノクスって名前だったかな」


 ミミルの肩が、小さく震えた。


 ノアはそれに気づいているのかいないのか、窓の外を見たまま続ける。


「うるさい案内役だった」


 声は軽い。


 でも、奥に棘があった。


「休め。吸いすぎるな。戻れ、ノア。灯里だけじゃなくて、自分も守れ」


 ノアの黒いリボンが、わずかに揺れる。


「ずっとそればっかり」


 リノは息を止めた。


 灯里。


 ノアが黒く染まる前に、守ろうとした友達。


「あの時は」


 ノアの声が少しだけ低くなる。


「灯里を助ける方が先だった」


 誰も、ノアを止められない。


 そんな空気があった。


「だから、切った」


 リノは思わず聞き返す。


「切った……?」


 ノアは笑った。


「契約線。星兎の声が届くやつ」


 ピリカが小さく息を呑む。


 ミミルが、苦しそうに言った。


「ノア」


「何?」


「ノクスは、君を止めたかったんじゃない。君も助けたかったんだ」


 ノアは少しだけ笑った。


「知ってる」


 その声があまりにも静かで、リノは胸が痛くなった。


「でも、あの時の私は、灯里を助けられない案内なんていらなかった」


「ノア……」


「静かでよかったよ」


 ノアは窓の外を見たまま言った。


 そのあと、ほんの少しだけ声を落とす。


「最初はね」


 教室の中に、何か重いものが落ちたようだった。


 ミカは唇を結んでいる。

 いろはは膝の上で手を握っていた。

 セナはノートを閉じたまま、ノアから目をそらさなかった。


 ひまりは、いつもの元気な顔ではなかった。


 少し眉を下げて、ピリカをぎゅっと抱えている。


「ノクスは、今どこにいるの?」


 ひまりが小さく聞いた。


 ミミルは答えられなかった。


 ノアも答えなかった。


 代わりに、ルルが静かに言う。


「星結びの庭のどこかにいると思う。ルチカも、ノクスも」


 リノは胸元のリボンを握った。


 ルチカ。

 ノクス。

 今はそばにいない担当星兎。


 ルルにも、ノアにも、かつては止めようとしてくれる声があった。


 でも、その声は届かなくなった。


 届かなかったのではなく、聞かなかった。

 助けたくて、切った。


 リノはミミルを見る。


「ミミルは、私が聞かなかったらどうするの?」


 ミミルは驚いたようにリノを見た。


「リノ……」


「私が、黒くなりすぎたり、灰色を言い訳にしたり、ミミルの声を聞かなくなったら」


 言いながら、リノは少し怖くなった。


「どうするの?」


 ミミルは机の上で、小さな前足を握る。


「それでも、呼ぶ」


 その声は震えていた。


「何度でも呼ぶ。届かなくなっても、声がかすれても、リノって呼ぶ」


 リノは目を見開く。


「でも、それだけじゃ足りないことを、ぼくは知ってる」


 ミミルの白いリボンが揺れた。


「だから、今度は隠さない。ぼくひとりで抱えない。ミカにも、セナにも、いろはにも、ルルにも、ノアにも、ひまりにも、ピリカにも……ちゃんと助けてもらう」


 ミカが頷いた。


「うん。私も呼ぶよ。リノちゃんが聞きたくない時でも」


 セナも言う。


「記録と確認はする。感情だけで判断しないために」


 いろはは少し笑った。


「私は、リノちゃんがひとりで主役になろうとしてたら止める。みんなで出るステージだから」


 ひまりが勢いよく手を上げた。


「わたしも!」


 ピリカを抱えたまま、ひまりはにこっと笑う。


「リノが怒るの苦手すぎて、またふわふわになったら言うね」


「ふわふわ……」


「でも、燃えすぎたらリノが止めてね。わたしも、ばしゅーってなる時あるし」


「うん」


 リノは笑った。


「止める」


 ひまりは嬉しそうに笑う。


「やった。約束ね」


 少しだけ、教室の空気が温かくなった。


 その時だった。


 かさり。


 窓の隙間から、何かが転がり込んできた。


 黒いキャンディの包み紙。


 リノの背筋が冷たくなる。


 ノアの黒いリボンが、ぴくりと揺れた。


 ルルがすぐに窓を見る。


「来る」


 甘い声が、夕暮れの教室に落ちた。


「うさぎちゃんたち、まじめなお話してるねえ」


 黒い星の影が、黒板の隅ににじむ。


 そこから、メルがひょいと顔を出した。


 黒と赤紫のフリル。

 片目の近くの黒い星飾り。

 キャンディみたいな杖。


 メルは机の上にちょこんと座ると、にこにこと足を揺らした。


「いらっしゃい、じゃなかった。メルが来ちゃった」


 ノアが低い声で言う。


「何しに来たの」


「おしゃべり」


「帰って」


「えー、黒リボンちゃん冷たい」


 メルは大げさに頬をふくらませる。


 ひまりがピリカを抱きしめたまま、少し前に出た。


「メル」


「あ、赤リボンちゃん。今日も元気? えへへ、赤いのかわいいね」


「かわいいって言われても、うれしくないんだけどさ」


「えー? 赤リボンちゃん、かわいいよ。怒るとぴかーってして、キャンディみたい」


「キャンディじゃないもん」


 ピリカがひまりの肩から飛び出す。


「メル、何しに来たの」


「だから、おしゃべりだってば」


 メルは黒いキャンディの包み紙を指でつまむ。


「担当星兎の話、してたんでしょ?」


 リノの手に力が入る。


「メルにも、担当星兎がいるの?」


 その瞬間、教室の空気が止まった。


 ミミルも。

 ピリカも。

 ルルも。


 すぐには答えなかった。


 ノアだけが、嫌そうに目を細める。


 メルは、きょとんとした顔をしたあと、ふふっと笑った。


「いらないよ、そんなの」


 その声は軽かった。


 軽すぎるくらい。


「うさぎちゃんってさ、すぐ止めるでしょ?」


 メルはミミルを見て、首をかしげる。


「だめだよ。危ないよ。戻っておいで。ひとりで抱えちゃだめだよ」


 次にピリカを見る。


「燃やしすぎ。熱くしすぎ。そこから先はだめ」


 ピリカの耳がぴんと立つ。


「それは、止めなきゃ危ないから言ってるの」


「うんうん。そうだよね。やさしいね」


 メルはにこにこ笑ったまま言う。


「でも、メルはそういうの、苦手なんだよね」


 リノはメルを見つめる。


「じゃあ、あなたを案内してるのは誰?」


 メルの表情が、ほんの少し変わった。


 笑っている。


 でも、その笑顔の奥が見えない。


「キャンディの先生」


 ひまりが眉を寄せる。


「先生?」


「うん」


 メルは嬉しそうに頷いた。


「メルの先生はね、怒らないの」


 黒い星の影が、教室の壁にゆっくり広がる。


「泣いても、怒っても、奪っても、壊しても、ぜーんぶ『いい子だね』って言ってくれるんだよ」


 ミカが小さく息を呑んだ。


 セナが硬い声で言う。


「それは、案内じゃない」


「そうかな?」


 メルは首をかしげる。


「うさぎちゃんたちだって、案内って言いながら、魔法少女に戦わせてるでしょ?」


 ミミルの耳が伏せた。


「メル……」


「痛みに気づきやすい子を選んで、ノイズの声が聞こえる子を選んで、いい子に戦ってねってお願いする」


 メルは笑う。


「それって、やさしいの?」


 リノの胸が、ずきりと痛んだ。


 25話で感じた違和感。


 小学生のひまりが、赤いリボンを燃やして戦っている姿。


 メルは、その痛いところを正確に撫でてくる。


 ルルが静かに言った。


「星兎族のやり方に、間違いがないとは言わない」


 メルはぱちぱちと手を叩く。


「わあ、星のお姉さん、正直」


「でも、あなたの先生は、心を守っているんじゃない。壊れる方へ甘やかしているだけ」


「甘やかすって、そんなに悪いこと?」


 メルはにこっと笑う。


「がんばった子には、ごほうびが必要でしょ?」


 ノアが低く言った。


「あいつの黒は、軽すぎる」


「黒リボンちゃん、またそれ言う」


「事実だから」


「軽い黒もかわいいよ。重い黒ばっかりだと疲れちゃうもん」


 ノアのリボンが、鋭く揺れる。


 リノは一歩前に出た。


「メル」


「なあに、いい子ちゃん」


「あなたの先生は、どこにいるの?」


 メルはキャンディの杖をくるりと回した。


「メルの中」


 そして、教室の窓の外を指す。


「星の裏側」


 次に、黒いキャンディの包み紙をリノの足元へ投げた。


「それから、食べた子の心の中」


 包み紙が、床でかさりと鳴る。


「甘いでしょ?」


 ひまりが顔をしかめた。


「ぜんぜん甘くない」


「えー?」


「それ、食べたら心がべたべたになりそう」


 メルは一瞬きょとんとしたあと、楽しそうに笑った。


「あははっ、赤リボンちゃん、言い方かわいい」


「かわいいって言わないでよ〜……じゃなくて!」


 ひまりは慌てて首を振る。


「話そらさないで」


「そらしてないよ」


 メルはひまりを見つめる。


 その目が、少しだけ細くなった。


「赤リボンちゃんは、ピリカちゃんに止められてばっかり?」


 ひまりの肩で、ピリカが身構える。


「……何が言いたいの」


「怒りたいのに、燃やしたいのに、線で止められちゃうんでしょ?」


「違う」


 ひまりはすぐに言った。


「ピリカは止めてくれてるの。わたしが、ばしゅーってならないように」


「えへへ。そうなんだ」


 メルは笑った。


「でも、本当は、ずっと案内してる声があるんじゃない?」


 ひまりの表情が固まる。


 リノはそれに気づいた。


「ひまり?」


 メルの声が、甘く落ちる。


「泣いてた、あの子の声」


 ひまりの指が、赤いリボンをぎゅっと握った。


 ピリカが前に出る。


「メル、それ以上言わないで」


「えー、どうして?」


「言わないで」


 ピリカの声には、いつもの軽さがなかった。


 メルは目を細める。


「怒っても、戻ってこなかったのにね」


 空気が凍った。


 ひまりの赤いリボンが、一瞬だけ強く光る。


「……メル」


 ひまりの声は、さっきまでより低かった。


「それ、言っちゃだめなやつ」


 リノはひまりの前に出た。


「メル、やめて」


「えー? メルは本当のこと言っただけだよ?」


「本当のことでも」


 リノはメルを見た。


「傷つけるために使ったら、ただの刃物だよ」


 メルは嬉しそうに笑った。


「いい子ちゃん、怒った?」


「怒ってる」


 リノははっきり言った。


 胸元のリボンが、静かに揺れる。


 黒い染み。

 灰色の糸。

 そして、昨日から残る小さな赤い光。


「でも、あなたみたいには使わない」


「ふうん」


 メルはつまらなそうに、でも楽しそうに目を細める。


「灰色って、ほんとめんどくさいね」


 ノアが窓際から黒いリボンを伸ばす。


「帰りな」


 黒いリボンがメルの足元に迫る。


 けれど、メルはひょいと黒い星の影へ沈み込んだ。


「じゃあ次は」


 声だけが残る。


「赤い子の昔話にしよっか」


 ひまりの肩が小さく揺れた。


「メル……!」


「えへへ。楽しみにしててね、赤リボンちゃん」


 黒い星の影が薄れていく。


 最後に、甘い匂いだけが教室に残った。


 黒いキャンディの包み紙が、床の上で静かに揺れている。


 誰もすぐには動けなかった。


 ひまりは赤いリボンを握ったまま、俯いている。


 ピリカがそっと、ひまりの頬に前足を当てた。


「ひまり」


「……大丈夫」


 その声は、いつもの明るさを失っていた。


 リノはゆっくり近づく。


「大丈夫じゃないなら、そう言っていいよ」


 ひまりは顔を上げた。


 目は少し潤んでいた。


 それでも、ひまりは無理に笑った。


「大丈夫じゃ……ないかも」


 リノは頷いた。


「うん」


 ひまりは赤いリボンを握りしめる。


「でも、今はまだ、話せない」


「分かった」


 リノはそれ以上聞かなかった。


 メルが言った「あの子」。


 泣いてた、あの子の声。


 ひまりの赤いリボンが生まれた理由は、きっとそこにある。


 でも、勝手にほどいていいものではない。


 ルルが静かに言った。


「今日はここまでにしよう」


 セナが黒い包み紙をハンカチで包む。


「証拠として保管します」


「まじめちゃん、すごい……」


 ひまりがぽつりと言う。


 セナは少しだけ困った顔をした。


「その呼び方は定着させないで」


 ひまりは小さく笑った。


 ほんの少しだけ、いつものひまりに戻ったように見えた。


 放課後の光が、窓から差し込んでいる。


 赤いリボンは、ひまりの手の中で小さく震えていた。


 案内する声。

 止める声。

 甘やかす声。

 そして、今もどこかで泣いている声。


 リノは思った。


 魔法少女は、ひとりで戦っているわけではない。


 でも、そばにいる声が、いつも正しく導くとは限らない。


 止めることが救いになる時もある。

 止めきれなかった声が、傷として残る時もある。

 甘い声が、心を暗い方へ連れていく時もある。


 ミミルは、リノを見上げた。


「リノ」


「うん」


「ぼくは、君を案内したい。でも、それだけじゃだめなんだと思う」


 リノはミミルを見る。


「案内するだけじゃなくて、一緒に迷うことも必要なのかもしれない」


 ミミルは小さく頷いた。


 リノは窓の外を見る。


 夕焼けの色は、少しだけ赤い。


 ひまりのリボンと同じ色。


 けれど、その赤の奥には、まだ知らない痛みがある。


 次にほどくべき結び目は、きっとそこにある。


 床の上で、黒いキャンディの包み紙が、かすかに甘い匂いを残していた。

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