25.5話 リボン禁止デー
「消えた星形プリン事件」
※この話は本編とは関係ない間章となります。
放課後の空き教室に、重々しい空気が流れていた。
黒板の前に立つセナは、いつもよりさらに真剣な顔をしている。
机には、ノート。
ペン。
時計。
そして、なぜか白いハンカチ。
リノは、その様子を見て首をかしげた。
「セナちゃん、何かあったの?」
セナは眼鏡をかけ直すような仕草をした。
眼鏡はかけていないのに。
「最近、全員リボンと魔法に頼りすぎています」
「え?」
「ノイズ以外の問題まで、魔法でどうにかしようとする癖がつくのは危険です」
ミカがぱちぱちと瞬きをする。
「つまり?」
「今日は一日、魔法・リボン・星兎の助言を禁止します」
教室が静まり返った。
ミミルが机の上で耳をぴんと立てる。
「えっ、ぼくも?」
「はい」
「ぼく、助言が仕事なんだけど」
「今日だけ休業してください」
ピリカがひまりの肩の上で目を輝かせた。
「うわー、ミミルが黙る日だ!」
「嬉しそうに言わないで」
ひまりは椅子に座って、足をぱたぱたさせている。
「リボン禁止って、ちょっとドキドキするね。校則破ってないのに、なんか校則みたい!」
「破ってはいけません」
セナがすぐに言う。
「はい、まじめちゃん」
「その呼び方も禁止したいです」
ノアは窓際に座り、退屈そうに頬杖をついていた。
「くだらない」
「ノアも参加です」
「なんで」
「放課後なのに帰っていないからです」
「帰ろうとしたらミカに捕まっただけ」
ミカが笑顔で手を振る。
「だってノアちゃん、こういうの絶対『くだらない』って言いながら最後までいるタイプだと思って」
「決めつけないで」
ルルは窓際で静かに頷いた。
「でも、魔法を使わない確認は必要かもしれないね。星の観測でも、道具に頼りすぎると空そのものを見落とすことがある」
「ルル先輩、それっぽい」
いろはが感心したように言う。
「つまり今日は、普通の力だけで普通の問題を解決する日ってこと?」
「その通りです」
セナは黒板に大きく書いた。
『リボン禁止デー』
ひまりがぱっと手を上げる。
「質問!」
「はい」
「お菓子は普通の力に入りますか?」
「入ります」
「やったー!」
「ただし、食べながら推理するのは自由ですが、証拠品を食べてはいけません」
「証拠品?」
リノが聞き返した、その時だった。
ミカが鞄から小さな箱を取り出した。
「じゃーん!」
箱には、星のシールが貼られている。
中には、きらきらした星形のプリンが入っていた。
「文化祭お疲れさま記念! 限定・星形プリン!」
ひまりが目を輝かせる。
「えー! まじで!? 星形!? プリンが星なの!?」
ピリカも前足をぱたぱたさせた。
「星なのにぷるぷるしてる!」
ミミルは、星形プリンをじっと見つめている。
「星……甘そうな星……」
「ミミル、見るだけね」
リノが言うと、ミミルは慌てて顔を上げた。
「もちろん。見るだけ。ぼくは見るだけの星兎」
ノアがぼそっと言う。
「目が食べてる」
「食べてない!」
ミカはうきうきした様子でプリンを机に置いた。
「これ、あとでみんなで食べようと思って買ってきたんだ。写真撮ってから分けよ」
「写真撮る前に食べちゃだめだよ」
いろはが真剣に言う。
「そこ大事?」
「大事。星形プリンは、食べる前がいちばん星だから」
ひまりが深く頷く。
「わかる。食べたらおいしいけど、形はなくなっちゃうもんね」
「そう!」
いろはとひまりが謎の一致を見せる。
セナは時計を見る。
「では、五分後に休憩として食べましょう。その前に、このリボン禁止デーのルール確認を——」
その時、廊下の方から先生に呼ばれる声がした。
「あ、私ちょっと行ってくるね」
ミカが立ち上がる。
「プリン、置いておいて大丈夫?」
「もちろん」
リノはにこっと笑った。
「私が見てるね」
「ありがとう、リノちゃん!」
ミカは嬉しそうに教室を出ていった。
それから数分。
セナが説明を続け、ひまりが途中で「えー、それ魔法使わないの逆にむずかしくない?」と反応し、ピリカが「ひまりは普段から勢いで解決しがち」と言い、ミミルが「ぼくも少しなら助言を」と口を出しかけ、セナに「禁止です」と止められた。
そして、ミカが戻ってきた。
「お待たせー! じゃあプリン——」
ミカの声が止まった。
机の上。
そこにあったはずの星形プリンが。
消えていた。
「……」
沈黙。
ミカはゆっくりと机に近づいた。
箱がない。
プリンもない。
星のシールだけが、机の上にぺたりと残っている。
「私のプリン……」
ミカの声が震える。
「星が……消えた……」
リノは息を呑んだ。
「ミカちゃんの星が……」
セナが静かにノートを開いた。
「事件です」
いろはが両手で口を押さえる。
「待って、写真撮る前に消えたの!? それは大事件!」
ひまりが椅子から立ち上がる。
「プリン泥棒!? それ、ちょっとズルいんだけどさ!」
ノアは窓の外を見たまま言う。
「くだらない」
しかし、帰ろうとはしなかった。
ルルは静かに星のシールを見る。
「星が消えたなら、観測が必要だね」
セナは黒板に文字を書いた。
『消えた星形プリン事件』
ミカは急に元気を取り戻し、拳を握った。
「さあ始まりました! 第一回リボン禁止デー、消えた星形プリン事件!」
「実況しないでください」
「でも盛り上がるよ?」
「盛り上げる必要はありません」
セナは教室を見回した。
「犯人は、この教室にいます」
ひまりが「おおー」と小さく拍手する。
「名探偵セナちゃんだ!」
「ふざけないでください。プリンが消えています」
いろはがリノに小声で言う。
「セナちゃん、ちょっと楽しんでない?」
「楽しんでいません」
セナが即答した。
「聞こえてた」
「事実確認です」
その目は、少しだけきらきらしていた。
リノはおそるおそる手を上げた。
「あの、リボンで探したら——」
「禁止です」
「まだ何も言ってないよ?」
「言いかけました」
「う……」
ミミルも耳を揺らす。
「この甘い気配は……」
「星兎の助言も禁止です」
「えっ、独り言も?」
「今のは明らかに助言へ移行する声でした」
ピリカが机の上でぴょんぴょんする。
「あー! そこ見れば分かるのに!」
「ピリカも禁止です」
「ヒントだけ! ヒントだけならセーフじゃない?」
「アウトです」
ピリカはひまりの肩に戻り、ぷくっと頬をふくらませた。
「まじめちゃん、きびしい」
「厳しくありません。公平です」
ノアが小さく笑った。
「公平なプリン裁判」
「ノアさんも発言するなら協力してください」
「してない」
「今しました」
「……」
セナはノートに線を引いた。
「まず、容疑者を整理します」
「容疑者って響き、ドキドキするね」
ひまりが言うと、ピリカが頷く。
「ひまり、こういうの好きそう」
「うん。でも犯人扱いはやだ」
「誰だって嫌です」
まず、セナはリノを見た。
「リノさん」
「は、はい」
「あなたは、ミカさんが教室を出た後、プリンを見ていましたね」
「うん」
「最後に見た場所は?」
「えっと……机の上」
「その後、何かしましたか?」
「え?」
リノの目が泳いだ。
セナのペンが止まる。
「今、なぜ目をそらしましたか」
「そ、そらしてないよ」
ノアがぼそっと言う。
「そらした」
「ノアまで!」
ミカが実況の声になる。
「おっと、ここで第一容疑者リノちゃんに動揺が見られました!」
「ミカちゃんまで!」
ひまりがリノをじっと見る。
「リノって、誰かのためにって言いながら、ちょっと余計なことしそうだよね」
「ひまり、それ今かなり鋭いこと言ってる」
ピリカが小さく言う。
「え、そうなの?」
リノはますます困った顔になる。
次にセナはいろはを見た。
「いろはさん」
「はい」
「プリンの写真を撮ろうとしていましたね」
「うん。撮ろうとしてた」
「スプーンを持っていましたか?」
「持ってた」
「なぜ?」
「プリンと一緒に撮るとかわいいから!」
いろはは堂々と言った。
セナは少し沈黙した。
「……動機が独特です」
「食べてないよ! 写真だけ撮ろうと思ってたの!」
「写真だけ?」
「ほんとに写真だけ!」
ノアが低く言う。
「スプーンを持って写真だけは無理がある」
「ノアちゃん、急に推理に参加してない?」
「してない」
ひまりが手を上げる。
「じゃあ、次わたし?」
「はい。ひまりさん」
「プリン好き?」
ひまりは即答した。
「好き!」
「星形プリンは?」
「めっちゃ好きそう!」
「食べましたか?」
「食べてないよ! でも見たらたぶん、えー! まじで!? ってなると思う」
「実際なっていました」
「うん、なった」
ピリカが真面目に証言する。
「ひまりは食べてないよ。食べてたら口の横にプリンついてる」
「つけないもん!」
「この前クリームついてた」
「それはワッフル!」
「食べ物が変わっただけで、ついてた事実は変わりません」
セナが淡々と記録する。
「ひまりさんは食べると証拠を残しやすい」
「ちょっと待って、それ書かないでよ〜!」
ミカが笑いをこらえている。
次に、セナはノアを見た。
「ノアさん」
「何」
「プリンを食べましたか?」
「食べるわけないでしょ」
「甘いものは嫌いですか?」
「別に」
「好きですか?」
「別に」
ひまりが小声で言う。
「別にって言う人、だいたい好きなんだよね」
「聞こえてる」
「え、うそでしょ」
「聞こえる距離で言ってるから」
その時、いろはがノアの手元を見た。
「あれ? ノアちゃん、それ」
ノアの指先には、小さなスプーンがあった。
全員の視線が集まる。
ノアは一瞬だけ目をそらした。
「落ちてたから拾っただけ」
ミカが声を張る。
「おっと、ここで黒リボンちゃんに物的証拠が!」
「実況やめて」
メルがいないのに、すでに十分ややこしい。
そう思った瞬間だった。
かさり。
机の上に、黒いキャンディの包み紙が落ちた。
教室の空気が変わる。
黒板の隅に、黒い星の影がにじむ。
「あれ? 事件?」
メルが黒板の端から、ひょこっと顔を出した。
「いいねえ。悪い子っぽいねえ。プリン泥棒だなんて、かわいい罪〜」
全員の声が重なった。
「メル!」
メルは机の上にちょこんと座り、にこにこと足を揺らした。
「えへへ、呼ばれてないけど来ちゃった」
ノアが即座に言う。
「帰りな」
「えー、黒リボンちゃんも推理しようよ」
「あんたがいると話が進まない」
「ひどーい。メル、場を明るくしてるだけなのに」
「暗くなってる」
ひまりがむっと頬をふくらませる。
「メル、プリン食べたの?」
「さあ?」
メルは唇に指を当てる。
「メルの口は甘いものに正直だけど、秘密にはもっと正直だよ」
「どういう意味?」
「メルにも分かんない」
「分かんないんだ!?」
ピリカがひまりの肩で叫んだ。
セナはすっと前に出た。
「メルさん、事件発生時刻のアリバイは?」
「ありばい?」
「どこにいたか、という意味です」
「黒い星の裏側で、キャンディとお話してたよ」
「証明できますか?」
「キャンディなら証明してくれるかも」
「参考人として不適切です」
メルは拍手した。
「まじめちゃん、探偵っぽーい」
「捜査を混乱させないでください」
「えー? 事件って、証拠が多い方が盛り上がるでしょ?」
メルがキャンディの杖をくるりと回す。
すると、机の上に小さなカードが現れた。
『犯人は甘いものが好き♡』
セナの眉がぴくりと動く。
「証拠を捏造しないでください」
「ねつぞう?」
「あとから勝手に作ることです」
「えへへ、バレた?」
「バレます」
次に黒い星型シール。
小さなスプーン。
謎の足跡のような黒い跡。
ぽん、ぽん、ぽん、と増えていく。
ミカが実況する。
「ここでまさかの証拠ねつ造疑惑です!」
「ミカさん、実況しないでください」
「だってメルちゃんが増やすから!」
ノアがメルの首根っこをつかむように黒いリボンを伸ばした。
「余計なことするなら縛る」
「えー、黒リボンちゃん怖い」
「怖がってないでしょ」
「うん」
「認めるな」
ひまりはメルを指差した。
「そういうのズルいんだけどさ」
「赤リボンちゃん怒った?」
「怒ってるっていうか、むむってしてる!」
「むむって?」
「むむって!」
ピリカが補足する。
「ひまり語で、不満という意味です」
「ピリカ、勝手に辞書作らないでよ〜!」
メルは楽しそうに笑う。
「赤リボンちゃん、かわいい〜」
「かわいいって言えば許されると思ってるでしょ」
「思ってる♡」
「思ってた!」
ひまりは悔しそうに両手を握った。
しかし、セナは揺るがなかった。
「偽証拠は除外します。事件前から存在していたものだけを確認します」
ルルが静かに言った。
「観測にノイズが混じった時は、まず余計な星を消す必要がある」
「ルル先輩、かっこいい」
いろはが小声で言う。
メルはつまらなそうに机へ頬をつけた。
「えー、せっかくかわいくしたのに」
「事件現場をデコレーションしないでください」
セナは改めて現場を見た。
机の上に残っていた星シール。
床に落ちていたスプーン。
消えた箱。
そして、誰もゴミ箱にプリンの容器を捨てていない。
ノアが静かに言った。
「犯人はプリンを食べてない」
全員がノアを見る。
「え?」
「容器がない。食べたならゴミが出る。捨てた跡もない。匂いも残ってない」
ミミルが小さく頷きかけて、慌てて口を閉じた。
「今、助言しようとしましたね」
セナが言う。
「してない。頷きかけただけ」
「禁止です」
「頷きも?」
「状況によります」
ノアは続ける。
「つまり、プリンは食べられたんじゃなくて、移動された」
ミカがぱちぱちと拍手する。
「ノアちゃん、めっちゃ参加してる!」
「してない」
「今のはかなり名推理だったよ」
「してない」
ノアは少しだけ顔をそらした。
メルがにやにやする。
「黒リボンちゃん、ほんとはプリン気になってるでしょ?」
「気になってない」
「じゃあ、なんでスプーン持ってるの?」
「拾っただけ」
「怪しい〜」
「黙って」
セナはノートを見つめたまま、何かに気づいたように顔を上げた。
「リノさん」
「はい」
「ミカさんが教室を出た後、あなたはプリンの近くにいました」
「うん」
「その後、あなたは一度、教室を出ていますね」
リノの肩がびくっと揺れた。
ミカの目が丸くなる。
「リノちゃん?」
リノは両手を胸の前で合わせた。
「ご、ごめん……」
メルが嬉しそうに身を乗り出す。
「いい子ちゃんってさ、誰かのためにって言いながら、こっそり余計なことしそうだよね」
リノはぎくっとする。
「え」
セナが即座に反応した。
「リノさん、今なぜ動揺しましたか」
「そ、それは……」
メルはにこにこ笑う。
「ほらほら。いい子ちゃんの善意は時々事件を起こすんだよ」
「メル、楽しそうにしないで」
「楽しいもん」
セナは静かに立ち上がった。
「結論から言います」
教室がしんとする。
「プリンは盗まれていません」
ミカが息を呑む。
「じゃあ、私の星は……?」
「移動されただけです」
セナは教室の隅にある小さな冷蔵庫を指差した。
「正確には、冷蔵庫ではなく——」
リノが小さく言う。
「冷凍庫……」
全員が冷凍庫の前に集まった。
セナが扉を開ける。
白い冷気がふわっと広がった。
そこにあった。
星形プリン。
ただし、カチカチに凍っていた。
ミカが叫ぶ。
「私のプリンが……星形アイスプリンになってる!」
ひまりが目をきらきらさせる。
「えー! まじで!? それ、進化じゃん!」
ピリカが冷凍庫をのぞき込む。
「しゃりしゃりの星だ!」
ミミルも目を輝かせる。
「冷たい星……!」
リノは申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめん、ミカちゃんがあとで食べやすいように、もっと冷やしておこうと思って……」
セナが淡々と言う。
「冷蔵庫ではなく、冷凍庫に入れたわけですね」
「うん……」
「管理ミスです」
「はい……」
ミカは凍ったプリンを見つめた。
そして、ふっと笑った。
「でも、アイスプリンもおいしそう」
リノが顔を上げる。
「ほんと?」
「うん! むしろレアかも。星形アイスプリンなんて、聞いたことないし」
いろはがスマホを構える。
「待って、これは写真撮らせて。凍った星、かわいい」
ひまりがぴょんと跳ねる。
「やったー! 食べよ食べよ!」
ノアがぼそっと言った。
「冷凍の方が好き」
全員がノアを見た。
「え?」
ノアは顔をそらす。
「……何でもない」
メルがぱちぱちと拍手した。
「わー、犯人はいい子ちゃんのうっかり善意でした〜!」
リノは肩を落とす。
「うう……」
「プリン泥棒じゃなくて、プリン冷凍犯だったなんて、かわいすぎるもん」
ひまりがメルを指差す。
「メル、そうやってからかわないの」
「えー、でも悪くなさすぎて、メルちょっとがっかり」
「がっかりしなくていいよ〜!」
結局、星形アイスプリンはみんなで分けることになった。
スプーンで少しずつ削ると、しゃりっと音がした。
ミカが一口食べる。
「冷たい! でもおいしい!」
ひまりも小さなスプーンを持って、ぱくっと食べた。
「うわ、なにこれ! ぷるぷるじゃなくて、しゃりしゃり! でも中ちょっとふわってしてる! えー! まじで!?」
ピリカが少しだけもらって、耳をぴんと立てる。
「冷たい星、口の中でとける!」
ミミルもリノに小さく分けてもらい、目を丸くした。
「これは……静かな星」
「また星で表現してる」
ノアは何も言わず、二口目を食べていた。
ミカがにやにやする。
「ノアちゃん、おいしい?」
「別に」
「二口目早かったよ」
「溶けるから」
「アイスプリンだもんね」
「……」
いろはは写真を撮りながら満足そうにしている。
「凍った星、かわいい。これ、逆にあり」
セナはノートを閉じた。
「事件は解決しました」
ミカが笑う。
「名探偵セナちゃん、すごい!」
「名探偵ではありません」
「でも楽しかったでしょ?」
「……事実確認としては、有意義でした」
「それ、楽しかったって意味?」
「違います」
ひまりがこそっとミカに言う。
「まじめちゃん、たぶんちょっと楽しかったよね」
「聞こえています」
「え、うそでしょ」
メルは机の上に座ったまま、黒いキャンディをくるりと回した。
「いい子ちゃんの善意って、甘くて冷たいね」
リノは少しだけ頬を赤くする。
「もう……」
「でも今日は、メルの負けってことにしてあげる」
「負け?」
「悪い子の事件だと思ったら、いい子のうっかりだったから」
メルは黒い星の影へ足を沈める。
「次は、もっと悪い子っぽい事件にしようね〜」
ひまりがすぐに手を振る。
「しなくていいよ〜!」
メルは楽しそうに笑いながら、黒板の影へ消えていった。
黒いキャンディの包み紙だけが、机の上に残る。
セナがそれをハンカチで包もうとした。
すると、包み紙には小さな文字が書いてあった。
『星形アイスプリン、ちょっと食べたかった♡』
全員が無言になった。
ノアが低く言う。
「やっぱり帰らせるべきだった」
ミカが笑い出す。
「メルちゃん、結局食べてないんだ」
リノもつられて笑った。
魔法は使わなかった。
リボンも使わなかった。
星兎たちは何度もしゃべりかけて、そのたびセナに止められていた。
それでも、みんなで探して、考えて、笑って。
消えた星は、少し形を変えて戻ってきた。
リノは、凍ったプリンの最後のひとかけらを見つめる。
魔法がなくても、誰かと一緒に考えることはできる。
リボンがなくても、結び直せるものはある。
でも、次からはちゃんと冷蔵庫に入れよう。
そう心に決めたリノの隣で、ミミルが小さく言った。
「リノ」
「なに?」
「冷凍庫と冷蔵庫の違い、あとで一緒に確認しよう」
セナが即座に振り返る。
「星兎の助言は禁止です」
ミミルはしょんぼりと耳を下げた。
「まだリボン禁止デー続いてるの?」
ピリカがけらけら笑う。
「ミミル、また怒られた!」
ひまりも笑う。
「えへへ、今日いちばん禁止されてるのミミルかも」
「そんな……」
放課後の空き教室に、笑い声が広がった。
星形プリンはなくなった。
けれど、星形アイスプリン事件は、しばらくみんなの中で語られることになる。
主に、リノのうっかりとして。




