第23話 アンコール・ノイズ
文化祭は、まだ終わっていなかった。
ステージが終わったあとも、教室には人が残っていた。
写真スポットの前で順番を待つ生徒。
願いごと星カードを書いている下級生。
ステージの感想を言い合っているクラスメイト。
廊下から聞こえる、少し疲れた呼び込みの声。
「スターリボン・ステップ、よかったよ!」
「途中で音止まったの、演出かと思った」
「手拍子のところ、逆に楽しかった!」
そんな声が聞こえるたびに、いろはは照れたように笑っていた。
「ありがとう」
そう答える声は、朝よりもずっと柔らかい。
ミカも何人かに囲まれていた。
「司会、原稿なしだったんだって?」
「え、すごくない?」
「いや、すごくはないよ! もう頭真っ白だったから!」
ミカは両手を振りながら笑っていたけれど、その笑顔は無理をしている感じではなかった。
不安だった。
でも、ちゃんと立てた。
それが、ミカ自身にも少し嬉しいのだとリノには分かった。
セナは予定表にチェックを入れている。
「写真スポット、あと十分。願いごと星カードの受付も同じ時間まで。片づけ開始は十五時四十分」
「セナちゃん、文化祭中でも秒単位だね」
ミカが声をかけると、セナは真面目な顔で答えた。
「秒単位ではない。五分単位」
「そこなんだ」
リノはそのやり取りを聞きながら、写真スポットのリボンを直していた。
白とピンクのリボン。
黒銀の星空リボン。
小さな星の飾り。
ステージのあと、何度も人が写真を撮ったから、少しずつリボンがずれている。
リノはそれを、ひとつずつ結び直した。
きつすぎず。
ほどけすぎず。
ちょうどいい強さで。
「リノ」
鞄の中から、ミミルの声がした。
「なに?」
「星形クッキー、まだ?」
リノは小さく笑った。
「あとでって言ったでしょ」
「あとでは、いつ?」
「片づけが始まる前」
「それはもうすぐ?」
「たぶん」
「文化祭の時間は難しいね」
ミミルは真剣に言った。
「楽しい時間は、短くなる」
その言葉に、リノの手が少し止まった。
楽しい時間は、短くなる。
そうかもしれない。
朝はあんなに長く感じた文化祭が、気づけばもう終わりに近づいている。
胸の奥に、小さな寂しさが落ちた。
教室の壁には、願いごと星カードがびっしり貼られていた。
文化祭が楽しかったです。
ステージまた見たい。
みんなかわいかった。
手拍子楽しかった。
またみんなで何かできますように。
リノはその一枚を見て、少しだけ胸が温かくなる。
またみんなで何かできますように。
その願いは、白い星カードの上で優しく光っているように見えた。
その時、校内放送が鳴った。
『本日の文化祭は、まもなく終了時刻となります。各クラスは、来場者の案内を終え次第、片づけを始めてください』
放送が終わると、教室の空気が少しだけ変わった。
さっきまでのきらきらした騒がしさが、ゆっくりとほどけていく。
「あー、終わっちゃう」
誰かが言った。
「片づけだるいなあ」
「この飾り、外すのもったいなくない?」
「写真スポット、まだ撮りたいんだけど」
「机戻すの重いよね」
小さな声が、ぽつぽつと教室に落ち始める。
いろはは写真スポットを見つめていた。
朝からずっと、来場者に「かわいい」と言われていた場所。
昨日、喧嘩して、泣いて、それでも選び直したリボンが飾ってある場所。
「片づけたら、なくなっちゃうんだね」
いろはの声は、小さかった。
セナがそれを聞いて、少しだけ予定表から顔を上げる。
「なくなるわけじゃないと思う」
いろはがセナを見る。
セナは言葉を選ぶように続けた。
「写真もある。星カードも、保存する分を選べば残せる。飾りも、使えるものは取っておける」
「うん」
いろはは頷いた。
「そうだよね」
でも、表情はまだ少し寂しそうだった。
リノにも、その気持ちは分かった。
終わってほしくない。
もう少しだけ、このままでいたい。
その気持ちは、悪いものじゃない。
ただ、ずっとその中にいることはできない。
文化祭終了の時間になると、来場者は少しずつ教室を出ていった。
廊下の呼び込みの声も、朝よりずっと少なくなっている。
焼きそばの屋台には「完売」の紙。
チュロスの屋台も片づけを始めている。
ポップコーンの匂いだけが、まだ廊下に残っていた。
リノは約束通り、星形クッキーを一枚買って、廊下の端へ行った。
人目が少ないところで、クッキーを小さく割る。
「ミミル、少しだけだよ」
鞄の中から、ミミルが顔を出した。
白い小さなリボンが、首元で揺れている。
「星形」
「うん、星形」
「食べられる星、二種類目」
「金平糖とクッキーね」
ミミルは小さな欠片を受け取り、ぱくりと食べた。
そして、また目を丸くした。
「……!」
「どう?」
「さっきのちゅろすと違う」
「うん」
「こっちは、さくってして、ほろってして、甘いのに、やさしい」
「やさしい味?」
「うん。これは、落ち着く星」
リノは笑った。
「落ち着く星」
「文化祭、すごいね」
ミミルは大切そうにクッキーの欠片を持ったまま言った。
「こんなの、星の裏側にはなかった」
その言葉に、リノの胸が少しだけ痛んだ。
星の裏側。
黒い空。
鏡の欠片。
沈んだ声。
ミミルがいた場所には、きっとこんな匂いも、こんなにぎやかさも、なかったのだろう。
「また、食べようね」
リノが言うと、ミミルは顔を上げた。
「また?」
「うん。文化祭じゃなくても、星形クッキーは買えると思う」
ミミルはしばらく黙って、それから小さく頷いた。
「じゃあ、終わっても、全部なくならないんだね」
リノは少し驚いて、ミミルを見た。
「うん」
ゆっくり頷く。
「全部は、なくならない」
教室に戻ると、片づけが始まっていた。
机を元の位置に戻す。
ステージにかけた布を外す。
星形の飾りを剥がす。
願いごと星カードを集める。
衣装を畳む。
朝はあんなにきらきらしていた教室が、少しずつただの教室に戻っていく。
それは、少し寂しかった。
「このリボン、捨てるの?」
「それは再利用できるから箱へ」
「この星カードは?」
「保存する分と処分する分に分けよう」
「えー、全部残したくない?」
「全部は量が多い」
「でもさあ、これせっかく書いてくれたやつだし」
声が少しずつ重なっていく。
疲れているから、みんな少しだけ言い方が雑になる。
「男子、机運ぶの遅くない?」
「こっちもやってるって」
「写真撮ってた人、片づけもしてよ」
「今やろうとしてたじゃん」
「私、ずっと動いてるんだけど」
「もう疲れた」
小さな不満が、教室の隅に溜まっていく。
セナは深呼吸した。
以前なら、すぐに強い声で指示を出していたかもしれない。
でも今日は、少しだけ言葉を選んだ。
「全員、一度手を止めて」
教室が少し静かになる。
「五分休憩を入れる。そのあと、机を戻す班、飾りを外す班、ゴミをまとめる班に分ける」
ミカがすぐに手を上げた。
「賛成! 私も疲れた!」
明るい声だった。
けれど、無理に笑っている声ではなかった。
「疲れたから、五分休む! そのあと動く!」
何人かが笑った。
「じゃあ休む」
「水飲みたい」
「私も」
教室の空気が、少しだけ緩む。
リノはほっとした。
けれど、その瞬間。
外したリボンの山の上に、黒と赤紫の影が見えた。
メルだった。
彼女はリボンの上に座り、楽しそうに足を揺らしている。
「おつかれさま、いい子ちゃんたち」
リノは息を呑む。
「メル」
メルはにこっと笑った。
「楽しかったあとの片づけって、つまんないよねえ」
教室のざわめきの中で、メルの声だけがリノにははっきり聞こえる。
「がんばった子ほど、最後までがんばらされちゃうんだよ?」
「何をするつもり?」
「何もしないよ」
メルは黒いキャンディをひとつ取り出した。
「ちょっと、残った気持ちにお砂糖かけるだけ」
「やめて」
「だーめ」
メルは笑って、黒いキャンディを指で弾いた。
それは外したリボンの山へ落ちる。
次の瞬間、集められていた願いごと星カードが、ざわざわと震えた。
白い星カードの中に、黒い文字が浮かび上がる。
私だけ片づけてる。
あの子だけ褒められてる。
終わらなければいいのに。
帰りたくない。
楽しかった時間だけ残して。
面倒なことは誰かがやればいい。
リノの胸元のリボンが熱くなる。
教室の窓の外が、急に夕焼け色に染まった。
まだ夕方には少し早いはずなのに。
壁の星飾りが勝手に貼り直される。
外したはずのリボンが、写真スポットへ戻っていく。
畳んだ衣装が、またハンガーにかかる。
机の上に置いたステージ布が、ひとりでに広がっていく。
「え?」
「なにこれ」
「片づけたよね?」
クラスメイトたちがざわめく。
教室の奥で、拍手の音が聞こえた。
ぱちぱち。
ぱちぱち。
ぱちぱち。
さっきのステージの拍手に似ている。
でも、どこか冷たい。
「アンコール」
「もう一回」
「終わらないで」
「片づけないで」
「帰らないで」
リボンと星カードと壊れかけのステージが絡み合い、教室の中央に大きな影を作る。
それは、拍手する手をいくつも持ったノイズだった。
体はステージの布とリボンでできている。
顔の代わりに、黒い星カードが何枚も重なっている。
胸元には、壊れたスポットライトが埋まっていた。
ミミルが叫ぶ。
「アンコール・ノイズ!」
メルはリボンの山の上で拍手した。
「わあ、かわいい。終わりたくない子、いっぱい」
リノはブローチを握る。
「マジカル・リボン・ドレスアップ!」
光が教室の隅で弾ける。
ルル先輩がすぐに星の結界を張った。
「スターライト・バリア」
教室の外へ異変が漏れないように、星の光が扉と窓を包む。
ノアも、いつの間にか廊下側の入口に立っていた。
「後片づけまで騒がしいの?」
「ノア」
「通りかかっただけ」
相変わらずの言葉だったけれど、手には黒いリボンが構えられていた。
アンコール・ノイズが、いろはの方へ腕を伸ばす。
「もう一回」
「もう一回」
「かわいいって言って」
「終わらないで」
いろはの足が止まる。
目が揺れていた。
「……分かる」
いろはが小さく呟く。
「終わってほしくないの、分かる」
ノイズのリボンが、いろはの手首に絡みかける。
セナがその前に立った。
「花守さん」
いろははセナを見る。
「片づけたら、全部なくなっちゃう気がする」
声が震えている。
「今日、すごく楽しかったの。みんながかわいいって言ってくれて、ステージもできて、手拍子もあって」
いろはの目に涙が浮かぶ。
「明日になったら、普通の教室に戻っちゃうんだよね」
セナはすぐに「片づけないと帰れない」とは言わなかった。
少し黙って、いろはの言葉を受け止めた。
「うん」
そして、ゆっくり言った。
「戻る」
いろはの顔が少し曇る。
でも、セナは続けた。
「でも、なかったことにはならない」
「……ほんと?」
「うん。写真もある。星カードも、残せる。リボンも一本、取っておける」
セナは少しだけ目を伏せた。
「全部そのままにはできない。でも、全部捨てなくてもいい」
いろはの手から、ノイズのリボンが少し緩む。
リノはその隙に、ステッキを振った。
「マジカル・リボン・シールド!」
ノイズの腕を受け止める。
アンコール・ノイズは大きく揺れた。
「終わらないで」
「楽しかったところだけ残して」
「面倒なことは置いていって」
「拍手だけ、もう一回」
メルが笑う。
「ねえ、いい子ちゃんも寂しいでしょ?」
リノは振り返る。
メルは机の上に移動して、頬杖をついていた。
「みんなに頼られて、リボンを直して、ありがとうって言われて」
その声は甘い。
「今日のリノちゃん、ちゃんと必要とされてたもんね」
リノの胸が、ちくりと痛んだ。
「終わるの、嫌じゃない?」
嫌じゃない。
そう言えたらよかった。
でも、言えなかった。
ステージの裏でリボンを直して。
ミカにありがとうと言われて。
いろはが笑って。
セナが頼ってくれて。
ミミルが文化祭を楽しんで。
今日は、リノも確かにその場所にいた。
必要とされていた気がした。
だから、終わるのは少し寂しい。
「嫌だよ」
リノは言った。
メルの目が楽しそうに細くなる。
「へえ」
「寂しい」
リノはステッキを握りしめる。
「終わってほしくないって、思う」
アンコール・ノイズの拍手が強くなる。
メルがくすくす笑う。
「じゃあ、終わらせなきゃいいじゃん」
黒いキャンディの甘い匂いが、教室に広がる。
「楽しいところだけ、ずっと残しておけばいいんだよ」
リノは首を横に振った。
「それは違う」
「どうして?」
「終わるから、今日が大事だったんだと思う」
リノの胸元の灰色の糸が、静かに光り始める。
「終わるのが寂しい気持ちは、消さなくていい」
アンコール・ノイズの拍手が、一瞬止まった。
「でも、終わらせないために閉じ込めたら、思い出まで苦しくなる」
リノはノイズへ向き直る。
「片づけるのは、なかったことにするためじゃない」
リボンが、教室中へ広がっていく。
外された飾り。
集められた星カード。
畳まれた衣装。
戻される机。
そのひとつひとつに、淡い光が宿る。
「明日に持っていくためだよ」
リノはステッキを掲げた。
「マジカル・リボン・メモリアル!」
白と灰色のリボンが、アンコール・ノイズを包み込む。
拍手の音が、少しずつほどけていく。
ぱちぱち。
ぱち。
ぱち。
ループしていた音が、遠くなっていく。
黒い星カードの文字が、ひとつずつほどけた。
終わらなければいいのに。
その奥から、
楽しかったから、寂しい。
帰りたくない。
その奥から、
この時間を忘れたくない。
面倒なことは誰かがやればいい。
その奥から、
もう疲れた。少し休みたい。
リノはそれらの声を消さなかった。
ただ、黒いキャンディの甘さからそっと切り離していく。
ミカが声を上げた。
「みんな、五分休憩のあと、もう一回だけがんばろ!」
その声に、クラスメイトたちが少しずつ頷く。
「うん」
「休んだらやる」
「星カード、残すやつ選ぼう」
「リボンも一本、記念に取っとく?」
セナがすぐに箱を用意した。
「保存用、再利用用、処分用に分ける」
「出た、分類」
ミカが笑う。
セナは少しだけ口元を緩めた。
「分類は大事」
いろはは写真スポットの黒銀リボンに触れた。
「これ、少しだけ残してもいい?」
「うん」
セナは頷く。
「一本だけなら」
「一本だけ」
いろははリボンをそっと外した。
それは、終わりを拒むためではなく。
今日を持って帰るために。
アンコール・ノイズの体が光にほどけていく。
壊れたステージ布は元に戻り、机の上に落ちた。
黒いスポットライトは小さな星の光になって消えた。
拍手する手は、最後に一度だけ音を立てた。
ぱち。
それはもう、怖い音ではなかった。
ノイズは光になって消えた。
教室は、普通の夕方に戻っていた。
窓の外の空も、本当の夕方の色になっている。
メルは机の上で、つまらなそうに頬を膨らませていた。
「終わらせちゃったんだ」
リノはメルを見る。
「うん」
「いい子ちゃんは、思い出まできちんと片づけるんだね」
「片づけるけど、捨てない」
メルは少しだけ黙った。
それから、にこっと笑う。
「じゃあ次は、片づけられないものをあげる」
リノの胸元のリボンが、微かに熱くなる。
「またね、いい子ちゃん」
メルは黒いキャンディをひとつ残して、黒い扉の向こうへ消えた。
リノは床に落ちたキャンディを見る。
拾わない。
触れない。
ただ、そこにあることを覚えておく。
ノアが黒いリボンでそれを包み、指先で潰した。
「甘い匂い、嫌い」
「ノア」
「勘違いしないで。邪魔だっただけ」
ノアはそう言って、廊下の方へ歩き出す。
けれど、出ていく前に少しだけ振り返った。
「終わるのが嫌なら、残し方を決めればいい」
リノは目を丸くした。
ノアはすぐに視線をそらす。
「灯里が、昔そう言ってただけ」
それだけ言って、ノアは教室を出ていった。
リノはしばらく、その背中を見ていた。
灯里。
ノアがまだ会えていない人。
終わること。
残すこと。
戻れないこと。
それでも持っていくこと。
リノは胸元のリボンに触れた。
片づけは、今度こそ少しずつ進んだ。
まず、星カードを外す。
全部は残せない。
でも、いくつかは保存することにした。
またみんなで何かできますように。
ステージ楽しかったです。
手拍子楽しかった。
みんなかわいかった。
いろははそのカードを、一枚ずつ大切そうに箱へ入れた。
セナはリボンをまとめ、再利用できるものを分けた。
ミカは片づけの合間に写真を撮っている。
「はい、片づけ中の一枚!」
「ミカさん、作業もして」
「してるしてる。記録係も大事でしょ?」
「それは確かに」
「やった、認められた」
リノは写真スポットの最後のリボンを外した。
黒銀のリボンが、手の中で静かに光る。
朝、この教室は星とリボンでいっぱいだった。
今は、机が元の場所に戻り、黒板も消され、床には少しだけ紙くずが残っているだけ。
普通の教室。
でも、ただの教室ではない気がした。
ここで笑った。
歌った。
踊った。
喧嘩もした。
仲直りもした。
終わりたくないと思った。
全部、この教室にあった。
「リノちゃん」
ミカが声をかける。
「最後に写真撮ろ」
「また?」
「最後の最後」
ミカはスマホを構える。
片づいた教室を背景に、リノ、ミカ、セナ、いろはが並ぶ。
いろはは保存用の星カードの箱を持っている。
セナは予定表を持っている。
ミカは片手でピースしている。
リノは、黒銀のリボンを手に持っていた。
「ミミルも」
リノが小さく言うと、鞄の口からミミルが少しだけ顔を出した。
白いリボンと、口元についたクッキーのかけら。
「撮っていいの?」
ミミルが小声で聞く。
「こっそりね」
ミカが笑った。
「じゃあ、いくよ」
シャッター音が鳴る。
片づいた教室に、夕方の光が差し込んでいた。
写真スポットはもうない。
ステージもない。
星カードの壁もない。
でも、写真の中には、ちゃんと今日が残っていた。
文化祭は終わった。
でも、全部がなくなったわけじゃない。
リノはそのことを、少しだけ信じられる気がした。
帰り支度を終えたあと、机の上に一枚だけ星カードが残っているのを見つけた。
白い星カード。
そこには、丸い字でこう書かれていた。
またみんなで何かできますように。
誰が書いたのかは分からない。
でも、リノはそれをそっと手に取った。
「残してもいいかな」
リノが言うと、いろはが笑った。
「もちろん」
セナも頷く。
「保存用の箱に入れよう」
ミカが言う。
「次の何か、できたらいいね」
リノは星カードを見つめる。
「うん」
窓の外には、夕焼けの空が広がっていた。
黒い星は見えない。
でも、どこかにいる。
メルも、きっとまた来る。
片づけられないものをあげる。
その言葉は、まだ胸の奥に残っていた。
それでもリノは、星カードを箱の中へ入れた。
終わるのが寂しい気持ちは、消さなくていい。
でも、終わった場所から、明日に行くことはできる。
リノは教室の扉を閉める前に、もう一度だけ中を見た。
何もない教室。
でも、空っぽではない教室。
「またね」
誰に言うでもなく、リノは小さく呟いた。
扉が閉まる。
文化祭の一日が、静かに結ばれた。




