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リボンが黒く染まるまで 〜救うほど闇に近づく魔法少女になってしまいました…!〜  作者: ぽころっと
Chapter 1

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第二話 黒い声を聞いた日


「リノ。選んで」


 ミミルの声が、夜の商店街に落ちた。


 倒す。

 助ける。

 聞く。


 三つの気持ちが、リノの胸の中でぐちゃぐちゃに絡まっていた。


 ノイズは、ミカの体に覆いかぶさるようにうごめいている。

 黒い煙のような体。ほどけたリボンみたいな手足。顔のない顔。

 そのくせ、いくつもある口だけが、泣きそうな声で同じ言葉を繰り返していた。


「わたしを見て」

「わたしを見て」

「どうして、だれも…」


 リノはステッキを握る手に力を込めた。


 怖かった。


 今すぐ目を閉じて、何も聞こえないふりをしたかった。

 ステッキを振れば、きっと終わる。

 ミミルが教えてくれた浄化の呪文を唱えれば、ミカは助かる。

 それが正しい魔法少女の戦い方なのだと、リノにも分かっていた。


 でも。


 ノイズの声は、あまりにも人間みたいだった。


「……あなたは、誰?」


 リノがそう言うと、ミミルが息をのんだ。


「リノ、近づいちゃだめ!」


「でも、泣いてるよ?」


「あれはノイズだよ!」


「でも、声がする!」


 リノは一歩、前に出た。


 ブーツの先が、商店街のタイルを小さく鳴らす。

 周囲の店のシャッターは閉まり、街灯はちらちらと頼りなく瞬いていた。

 いつもなら夕方に人でにぎわう場所が、今はまるで世界から切り取られたみたいに静かだった。


 ノイズが、リノを見る。


 顔なんてないはずなのに、見られたと分かった。


「わたしを、見て」


「見てるよ。」


 リノは震える声で答えた。


「ちゃんと、見てる」


 その瞬間、ノイズの体が大きく膨らんだ。


 黒い煙が花びらのように開き、リノの視界を飲み込む。

 ミミルの叫び声が遠ざかった。


「リノ!」


 次に目を開けたとき、リノは教室にいた。


 昼休みの教室。

 窓際の席。

 黒板には、昨日の掃除当番の名前が残っている。


 でも、そこにいるのはリノではなかった。


 リノは、ミカの中にいた。


 正確には、ミカの記憶の中に立っていた。


「ねえ、ミカってさ、いつも楽しそうだよね」


 誰かの声がした。


 教室の中央で、ミカが笑っている。

 リノの知っているミカだ。

 明るくて、よく笑って、クラスの中心にいる女の子。


「えー、そんなことないよ」


 ミカは笑いながら手を振った。


「いいなあ、悩みなさそうで」


「分かる。ミカって毎日幸せそう」


「私もミカみたいになりたいわー」


 みんなが笑う。

 ミカも笑う。


 でも、リノには分かった。


 ミカの笑顔は、少しだけ固かった。


 場面が変わる。


 放課後の教室。

 誰もいないはずなのに、ミカだけが残っている。

 さっきまでの笑顔は消えて、机に突っ伏していた。


「悩みなさそう、か」


 ミカは小さく呟いた。


「そんなわけ、ないじゃん」


 机の上には、くしゃくしゃになったテスト用紙があった。

 赤い点数。

 先生のコメント。

 家で言われるだろう言葉。

 友達には言えない不安。


 ミカはそれを隠すように、急いでカバンにしまった。


「笑ってなきゃ」


 ミカは自分に言い聞かせる。


「私が暗い顔したら、みんな困るもん」


 その言葉を聞いた瞬間、リノの胸が痛んだ。


 分かる気がした。


 別に、誰かにいじめられているわけじゃない。

 誰かにひどいことを言われたわけでもない。

 でも、勝手に期待されて、勝手に決めつけられて、勝手に笑顔を求められる。


 そんな小さな苦しさが、少しずつ心の底に溜まっていく。


 そして誰にも見えないところで、黒く膨らむ。


 教室の隅に、黒いリボンの影が落ちていた。


「これが……ノイズ?」


 リノが呟いた瞬間、世界がぐにゃりと歪んだ。


 教室の机が溶ける。

 黒板の文字がにじむ。

 窓の外の空が、真っ黒な水みたいに揺れる。


 ミカの声が、あちこちから聞こえた。


「見てほしかった」

「気づいてほしかった」

「でも、弱いって思われたくなかった」

「笑ってる私じゃないと、好きでいてもらえない気がした」


 リノは胸元のリボンを押さえた。


「そんなこと……」


 ないよ、と言おうとした。


 でも、言えなかった。


 だってリノ自身も、同じようなことを思っていたから。


 優しい子でいれば、嫌われない。

 笑っていれば、困らせない。

 我慢していれば、ちゃんとしていると思ってもらえる。


 リノもずっと、そうやって自分を結んでいた。


 ほどけないように。

 誰にも見えないように。


「リノ!」


 ミミルの声が、遠くから響いた。


「戻って! そのままだと、君まで飲み込まれる!」


 リノの足元に黒い水が広がっていた。

 気づけば、足首まで沈んでいる。

 冷たい。

 重い。

 まるで誰かの悲しみをそのまま液体にしたみたいだった。


 ノイズの声が、すぐ耳元で囁く。


「あなたも、見てほしいんでしょ?」


 リノの体がこわばった。


「あなたも、選ばれたいんでしょ?」


「ちが……」


「違わないよ。だって、私たち同じだもん」


 黒い水の中から、手が伸びてきた。


 その手は、ミカの手のようにも見えた。

 けれど次の瞬間には、リノ自身の手にも見えた。


 指先がリノのリボンに触れる。


 白いリボンに、黒い点がひとつ浮かんだ。


「っ……!」


 胸が焼けるように痛んだ。


 リノは膝をつきそうになりながら、それでもステッキを握りしめた。


 倒すんじゃない。

 消すんじゃない。

 でも、このまま一緒に沈むわけにもいかない。


 リノは震える声で言った。


「ミカちゃん」


 黒い水の中で、誰かがぴくりと動いた。


「ミカちゃん、聞こえる?」


 返事はない。


「私、あなたのこと全部は分からない。分かったふりも、たぶんできない」


 リノは息を吸った。


「でも、今の声は聞こえたよ」


 黒い水が少しだけ揺れた。


「笑ってなくてもいいよ」


 リノのステッキの先に、小さな白い光が灯る。


「明るくなくてもいい。悩みがあってもいい。弱くてもいい」


 光が、ゆっくり広がっていく。


「だから、消えないで」


 黒い水の奥から、ミカの泣き声が聞こえた。


「……ほんとに?」


「うん」


「笑ってなくても、いいの?」


「いいよ」


「つまらない子って、思わない?」


「思わない」


 リノは、少しだけ笑った。


「たぶん私も、そんなに面白い子じゃないし」


 その言葉に、黒い世界のどこかで、小さく空気がほどけた。


 ノイズの体が震える。

 黒いリボンの塊が、少しずつほどけていく。


 ミミルの声が聞こえた。


「今だよ、リノ! 浄化して!」


 リノはステッキを両手で握り、胸元のリボンに当てた。


「マジカル・リボン……」


 言葉が喉で止まる。


 普通の呪文でいいのだろうか。

 ただ浄化してしまえば、この声は消えるのだろうか。

 せっかく聞こえたのに。

 せっかく、ミカの本当の気持ちに触れたのに。


 その迷いを見透かしたように、ミミルが叫んだ。


「リノ! 優しさは、ためらうことじゃない!」


 その言葉に、リノは目を見開いた。


 ためらうことじゃない。


 優しくするって、何もしないことじゃない。

 相手の痛みに一緒に沈むことでもない。

 ちゃんと手を伸ばして、引っ張り上げることだ。


 リノはステッキを掲げた。


「マジカル・リボン・ピュリファイ!」


 白い光が、黒い世界を包み込んだ。


 ノイズは悲鳴を上げなかった。

 ただ、長いため息のような音を立てて、ほどけていった。


 黒いリボンが一本、また一本と白く戻り、夜空へ舞い上がる。

 その中心で、ミカが泣いていた。


 リノは手を伸ばした。


「ミカちゃん!」


 ミカの指先が、リノの手に触れる。


 次の瞬間、世界が割れた。


 リノは商店街のタイルの上に倒れ込んだ。


 息が苦しい。

 腕が痛い。

 体中が重い。


 でも、ノイズはいなかった。


 代わりに、ミカがすぐそばで座り込んでいた。


「白咲、さん……?」


 ミカの目は涙で濡れていた。

 けれど、さっきまでの黒い影はもうない。


「私……」


 ミカは何か言いかけて、唇を震わせた。


「ごめんね」


「え?」


「私、ずっと笑ってたのに、ほんとは全然平気じゃなかった」


 ミカは自分の手を握りしめた。


「でも、それを誰かに知られるのが怖かった」


 リノはゆっくり体を起こした。


「うん」


「白咲さん、聞こえたの?」


 リノは迷った。


 魔法少女のこと。

 ノイズのこと。

 どこまで話していいのか分からない。


 でも、嘘はつきたくなかった。


「少しだけ」


 リノはそう答えた。


「少しだけ、聞こえたよ」


 ミカは泣きそうな顔で笑った。


「そっか」


 その笑顔は、いつもの明るいミカとは違っていた。

 少し不安で、少しぐしゃぐしゃで、でも本物みたいに見えた。


 ミミルがリノの肩に飛び乗った。


「リノ、大丈夫?」


「うん……たぶん」


 そう答えた瞬間、胸元のリボンがちくりと痛んだ。


 リノはそっと見下ろす。


 白いリボンの端に、小さな黒い点が残っていた。


 浄化したはずなのに。

 助けたはずなのに。


「ミミル、これ……」


 ミミルは一瞬だけ目をそらした。


「ノイズの声を深く聞きすぎたんだ」


「どういうこと?」


「心の闇に触れたら、少しだけ君の中にも残る」


 リノは言葉を失った。


 ミミルは慌てて続ける。


「でも、大丈夫。まだ本当に染まったわけじゃない。善悪値だって、下がってない。君はちゃんとミカを助けた」


「じゃあ、これは?」


 リノは黒い点を指で押さえた。


 小さな点なのに、そこだけ少し冷たい。


 ミミルはしばらく黙ってから、小さく言った。


「忘れないための跡、かもしれない」


「忘れないため?」


「君が聞いた声を、なかったことにしないための」


 リノは胸元のリボンを見つめた。


 白いリボンに浮かんだ、小さな黒い点。

 それは汚れのようにも、種のようにも見えた。


 その夜、ミカは家族に迎えに来てもらい、リノはミミルと一緒に帰った。


 街は何事もなかったみたいに静かだった。

 コンビニの明かりも、遠くを走る車の音も、いつも通りだった。


 でも、リノには分かっていた。


 この街には、見えない声がたくさん眠っている。

 笑顔の裏に。

 冗談の隙間に。

 「大丈夫」の奥に。


 そしてリノは、その声を聞いてしまった。


 部屋に戻り、変身が解けると、リノはベッドに倒れ込んだ。

 体は疲れているのに、眠れなかった。


 耳の奥に、まだノイズの声が残っている。


「あなたも、見てほしいんでしょ?」


 リノは布団をぎゅっと握った。


「……違う」


 小さく呟く。


 でも、胸の奥で別の声がした。


 本当に?


 リノは答えられなかった。


 机の上で、白いリボンのブローチが静かに光っている。

 その端には、やはり小さな黒い点があった。


 リノはそれを見つめながら、ゆっくり目を閉じた。


 まだ白い。

 まだ大丈夫。


 そう言い聞かせるように。


 けれど、夜空のどこかで黒い星がまたひとつ、音もなく瞬いた。

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