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リボンが黒く染まるまで 〜救うほど闇に近づく魔法少女になってしまいました…!〜  作者: ぽころっと
Chapter 1 白いリボンが黒く染まるまで

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第12話 黒い星が初めて輝いた夜


 天文準備室の窓の外で、夕焼けがゆっくり沈んでいく。


 古い観測記録のページには、ふたつの名前が並んでいた。


 黒羽ノア。


 星乃ルル。


 その横には、同じ日付。


 黒い星が、初めて観測された夜。


 リノはページから目を離せなかった。


 ノアとルル先輩。

 黒いリボンの魔法少女と、欠けたリボンの先輩魔法少女。


 ふたりは、ただ別々に傷ついたのではない。


 同じ夜に、何かが起きた。


 そう考えるだけで、胸元のリボンが小さく震えた。


「話すね」


 ルル先輩の声は静かだった。


 いつものふわりとした笑顔は、もうない。


 星を読んでいる先輩ではなく、自分の過去を見つめようとしているひとりの女の子が、そこにいた。


 ミカはリノの隣で、そっと息をのんだ。


 ミミルは机の上に座り、耳を伏せている。


 その顔は、どこか苦しそうだった。


「ミミル」


 リノは小さく呼んだ。


「ミミルも、知ってるんだよね」


 ミミルはすぐには答えなかった。


 やがて、小さく頷く。


「……全部じゃない。でも、忘れられないところはある」


 ルル先輩は、机の上の古いノートに手を置いた。


「最初に言っておくね。私は、自分のことを悪者だったとは思っていなかった」


 その声は、ほんの少し震えていた。


「ノアちゃんも、きっとそうだった」


 ルル先輩はページを一枚めくった。


 古い紙が、かさりと鳴る。


「あの頃の私たちは、ふたりとも白いリボンだった」


 白いリボン。


 その言葉を聞いた瞬間、リノの頭に浮かんだのは、今のノアではなかった。


 黒い羽根をまとい、冷たい目で笑う少女ではない。


 白いリボンを胸につけて、誰かを救おうとしていたノア。


 そんな姿を、リノはまだうまく想像できなかった。


「ノアちゃんはね」


 ルル先輩はゆっくり話し始める。


「誰よりも、ノイズの声を聞こうとする子だった」


 その夜の町は、今より少し静かだった。


 黒い星がはっきり見えるようになる前。

 それでも、ときどき夜の隙間には、黒い影が現れていた。


 泣いているのに声を出さない子どものような影。

 笑い声の中からこぼれた不安。

 誰にも言えない怒りが、路地裏に落ちて固まったようなもの。


 それを、魔法少女たちはノイズと呼んだ。


 ノアは、まだ白いリボンの魔法少女だった。


 長い黒髪に、白いリボン。

 黒ではなく、夜空のように深い青をまとったドレス。

 胸元のリボンは、雪みたいに白かった。


「また出たね」


 その隣にいたルルも、白と淡い紫の星のドレスをまとっていた。


 胸元のリボンは、まだ欠けていない。

 星の杖も、今よりずっと明るく輝いていた。


 ふたりの前には、小さなノイズがいた。


 子どもの影のような形。

 手には、折れたクレヨンを握っている。


「描いちゃだめ」

「見せちゃだめ」

「上手じゃないなら、いらない」


 ノイズはそう繰り返していた。


 ルルは杖を構える。


「軽いノイズだね。早めに浄化しよう」


 けれどノアは、すぐには魔法を放たなかった。


 ゆっくり近づき、膝をつく。


「描きたかったの?」


 ノイズの黒い顔が、わずかに揺れる。


「見せたかった?」


 ノイズの手から、折れたクレヨンが落ちた。


 ノアはその小さな手を取った。


「いいよ。下手でも、ぐちゃぐちゃでも。描きたかったなら、それでいいよ」


 その言葉で、ノイズは光になってほどけた。


 浄化は、静かだった。


 ルルはほっと息を吐いた。


「ノアちゃんって、いつもすごいよね」


「何が?」


「ちゃんと聞くところ。私、すぐ正しい方法を探しちゃうから」


 ノアは少しだけ笑った。


「正しい方法って、たぶん後でいいんだよ」


「後で?」


「うん」


 ノアはほどけた光を見上げる。


「泣いてる子に、まず正解を渡しても、持てないことがあるから」


 その頃のノアは、そんなことを言う子だった。


 やさしくて、少し危なっかしくて、誰かの痛みに深く指を伸ばしてしまう子。


 ミミルは、そんなノアを何度も止めようとした。


「ノア、聞きすぎちゃだめだよ」


「大丈夫」


「大丈夫じゃないよ。ノイズの声を近くで聞きすぎると、残るんだ」


「でも、聞かなきゃ分かんない」


 ノアはいつもそう答えた。


「泣いてるのに、聞かないなんてできないよ」


 その言葉を、ミミルは今でも覚えている。


 覚えているから、苦しかった。


 ノアは人を救うたび、少しずつ変わっていった。


 最初は、ほんの小さな変化だった。


 浄化したあとに、しばらく黙り込む。

 笑うまでに時間がかかる。

 灯りの多い場所を少し苦手にする。

 誰かの泣き声に、誰より早く気づいてしまう。


 そして、白いリボンの端に、小さな黒い点が残るようになった。


 血ではなかった。


 けれど、血よりもずっと消えない色だった。


 ノアはそれを見ても、笑った。


「平気」


 ミミルは首を振った。


「ノア、平気って言う時ほど平気じゃない」


「じゃあ、なんて言えばいいの?」


「痛いって言えばいい」


 ノアは少し困ったように笑った。


「痛いって言ったら、誰かが困るでしょ」


 ミミルは何も言えなくなった。


 その頃、ノアには灯里という友達がいた。


 灯里は、ノアが魔法少女であることを知っていた。


 知っていて、黙っていた。


 夜遅くに帰ってくるノアを待って、絆創膏を用意したり、温かい飲み物を渡したりする子だった。


「ノア、もう休んで」


「大丈夫」


「またそれ」


 灯里は困ったように笑った。


「ノアの大丈夫って、あんまり信用できない」


「ひどいな」


「ひどくない。心配してるの」


 その言葉を聞くと、ノアは少しだけ嬉しそうにした。


 でも、すぐに目をそらした。


「心配しなくていいよ」


「するよ」


「灯里には、普通に笑っててほしい」


 灯里は黙った。


 そして、小さく言った。


「ノアも、普通に泣いていいのに」


 ノアは聞こえなかったふりをした。


 その横顔を、灯里はずっと覚えていた。


 その優しさが、いつかノア自身を傷つけることを、灯里は薄々分かっていたのかもしれない。


 でも、止められなかった。


 止める言葉を、最後まで選べなかった。


 一方で、ルルにも守りたい子がいた。


 久遠アヤメ。


 静かな子だった。


 いつも窓際の席で本を読んでいて、誰かに話しかけられると微笑む。

 嫌なことを言われても、怒らない。

 押しつけられた仕事も、断らない。


 周りの子たちは、それを優しさだと思っていた。


「アヤメちゃんって、何頼んでも怒らないよね」


「便利だよね」


「ごめん、これもお願いしていい?」


 アヤメはいつも笑った。


「うん、いいよ」


 その笑顔を、ルルは最初、強さだと思っていた。


 でもある日、放課後の教室で見てしまった。


 誰もいないと思われていた教室で、アヤメが一人、机の上のプリントを見つめていた。


 その手は震えていた。


 笑っていなかった。


 ただ、声を殺すようにして泣いていた。


 ルルは胸が痛くなった。


 助けなきゃ。


 そう思った。


 アヤメをこんなふうにした子たちを止めなきゃ。

 先生に知らせなきゃ。

 正しい場所に、正しい形で、ちゃんと出さなきゃ。


 ルルは、正しいことをした。


 先生に話した。

 周りの子たちに注意が入った。

 アヤメに押しつけられていたものは、いったん止まった。


 間違ってはいなかった。


 たぶん、間違ってはいなかった。


 けれど次の日、教室の空気は変わっていた。


 アヤメを見る目が変わった。


「先生に言ったんだ」


「かわいそうな子みたいになったね」


「別にそんなつもりじゃなかったのに」


「面倒くさ」


 小さな言葉が、教室の隅で落ちていく。


 大きな声ではない。

 誰かが直接傷つけるわけでもない。


 でも、アヤメの居場所は少しずつ削れていった。


 アヤメは前よりもっと静かになった。


 笑顔は消えなかった。


 けれど、その笑顔は薄い紙みたいだった。


 触れたら破れてしまいそうだった。


 放課後、ルルはアヤメを呼び止めた。


「アヤメちゃん、ごめんね。でも私、アヤメちゃんを守りたくて」


 アヤメは微笑んだ。


 いつもの、静かで優しい笑顔だった。


「うん。ルルちゃんは正しいよ」


 ルルはほっとしかけた。


 けれど、次の言葉で息が止まった。


「でも、正しいことって、こんなに痛いんだね」


 ルルは何も言えなかった。


 アヤメの目には、涙が浮かんでいなかった。


 泣くことも、怒ることも、もうどこかに置いてきたような顔だった。


「私、助けてって言った?」


 静かな声だった。


 責めているようには聞こえなかった。


 だからこそ、痛かった。


「私、まだ自分で言えなかった。怖かった。でも、いつか言いたかった」


 アヤメはルルを見た。


「ルルちゃんは、私のために正しいことをしてくれたんだよね」


「うん……」


「でも、私の気持ちは、どこにあったの?」


 その瞬間、ルルの胸元で、白いリボンの端がぱきんと欠けた。


 音は小さかった。


 でも、ルルには世界が割れたように聞こえた。


 その日の夜、アヤメのノイズが現れた。


 それは、白い箱の形をしていた。


 きれいに包装された、正しい形の箱。


 けれど箱の中からは、ずっと爪で引っかくような音がしていた。


「出して」

「でも見ないで」

「助けて」

「でも勝手に開けないで」

「正しいことをしないで」

「私の声を聞いて」


 ルルは震えた。


 今度こそ、ちゃんと救わなきゃ。


 今度こそ、間違えちゃいけない。


 そう思えば思うほど、ルルの善悪値は白へ傾いていった。


 正しく。

 正しく。

 正しく。


 白い光が強くなる。


 強くなりすぎる。


 ノイズを閉じ込めていた箱が、白い光に包まれる。


 ルルは叫んだ。


「アヤメちゃんを返して!」


 その魔法は、美しかった。


 星の光のようで、雪のようで、正義そのものみたいだった。


 けれど、美しすぎる光は、影を残す場所を奪った。


 箱は開かなかった。


 砕けた。


 中にあった声も、一緒に裂けた。


「痛い」


 アヤメの声が聞こえた気がした。


 それが本当にアヤメの声だったのか、ノイズの声だったのか、ルルには今でも分からない。


 ただ、その夜から、アヤメはルルの前で笑わなくなった。


 ルルの胸元のリボンは、欠けたまま戻らなかった。


 ノアとルルの失敗は、同じ夜に重なった。


 アヤメのノイズが起きた夜。

 町のあちこちで、いくつものノイズが連鎖するように現れた。


 それはまるで、誰かの心の痛みが、別の誰かの痛みを呼んでいるようだった。


 その中心にいたのが、灯里だった。


 灯里はずっと、ノアを心配していた。


 ノアが笑って「大丈夫」と言うたびに、灯里の中に小さな不安が積もっていった。


 ノアを止めたい。

 でも、止めたらノアの優しさを否定することになるかもしれない。

 ノアに休んでほしい。

 でも、ノアが助けなかった誰かが傷ついたらどうしよう。


 言えない心配。

 言えない恐怖。

 言えない「行かないで」。


 それはやがて、灯里の中でノイズになった。


 灯里のノイズは、声を持っていた。


「ノアを返して」

「私の友達を返して」

「誰かを助けるたびに、ノアがいなくなる」

「優しいノアを、これ以上持っていかないで」


 そのノイズは、灯里自身を包み込んだ。


 そして町中のノイズを呼んだ。


 孤独の声。

 怒りの声。

 見捨てられた声。

 言えなかった声。

 助けてほしかった声。


 それらが全部、灯里のノイズへ集まっていく。


 夜空に、黒い点が浮かんだ。


 まだ誰も、それを黒い星とは呼んでいなかった。


 でも、その夜、確かにそれは瞬いた。


 ノアは灯里を見つけた。


 商店街の広場。

 黒い影に包まれた灯里が、泣いていた。


「ノア」


 灯里の声がした。


 ノイズの奥から、かすかに。


「来ないで」


 それは、初めて灯里がはっきり言えた「止めて」だった。


 でもノアには、その言葉を聞く余裕がなかった。


 灯里が苦しんでいる。

 灯里が泣いている。

 灯里を助けなきゃ。


 それだけだった。


 ミミルが叫んだ。


「ノア、だめ! これは大きすぎる!」


「大丈夫」


「大丈夫じゃない!」


「灯里を助ける」


「ノア!」


 ノアは白いリボンのステッキを構えた。


 灯里のノイズは、ただの敵ではなかった。


 町中の痛みが集まった、黒い海のようなものだった。


 そこに触れた瞬間、ノアの中に声が流れ込んだ。


 助けて。

 見ないで。

 消えたい。

 嫌いにならないで。

 置いていかないで。

 私を選んで。

 私を許して。

 私を忘れて。

 私を見つけて。


 声は刃ではなかった。


 でも、刃より深く刺さった。


 ノアの白いリボンに、黒い染みが広がっていく。


 胸元から、裾へ。

 指先へ。

 髪のリボンへ。


 黒は、汚れのようではなかった。


 まるで誰かの痛みが、ノアの中に居場所を見つけてしまったようだった。


「ノア、やめて!」


 ミミルが叫ぶ。


 ルルも、欠けたリボンを押さえながら立ち上がった。


「ノアちゃん、ひとりで受け止めちゃだめ!」


 ノアは振り返らなかった。


「灯里は、私が助ける」


 声は静かだった。


 泣いていなかった。


 怒ってもいなかった。


 ただ、もう戻れない場所へ向かう声だった。


 灯里のノイズが叫ぶ。


「来ないで!」

「助けて!」

「ノアを返して!」

「私のせいで壊れないで!」


 矛盾した声が、夜を満たす。


 ノアはその全部を聞いた。


 聞いてしまった。


 聞かなければよかった声まで、すべて。


 白いリボンは、黒く染まっていく。


 黒い星が、空で瞬いた。


 その瞬間、ノアの魔法が変わった。


 白い浄化の光ではない。


 黒いリボンが、ノイズを絡め取る。

 泣き声を吸い込み、痛みを引き寄せ、怒りも不安も寂しさも、全部ノアの中へ流し込む。


 それは、救いに見えた。


 実際、灯里は救われた。


 黒い影がほどけ、灯里の体からノイズが離れていく。


 灯里は地面に倒れ込んだ。


 無事だった。


 息もしていた。


 生きていた。


 ノアは灯里を救った。


 でも。


 ノアの胸元のリボンは、もう白くなかった。


 夜よりも深い黒。


 そこに残っていた白は、ほんの細い糸だけだった。


 灯里が目を開ける。


「ノア……?」


 ノアはゆっくり振り返った。


 その顔は、笑っていた。


 けれど、灯里は泣きそうな顔をした。


「ノア、痛いって言って」


 ノアは首を傾げる。


「痛くないよ」


「嘘」


「本当」


「ノア」


 灯里の声が震える。


「泣いてよ」


 ノアは少しだけ考えるように黙った。


 そして、困ったように笑った。


「泣き方、忘れちゃった」


 その言葉を聞いた瞬間、ミミルは何も言えなくなった。


 ルルも、動けなかった。


 灯里だけが、泣いた。


 助かったのに、泣いた。


 ノアはその涙を見て、優しく言った。


「よかった。灯里は、まだ泣けるんだね」


 その夜から、ノアは変わった。


 正確には、壊れた部分を隠すのをやめた。


 白いリボンを外し、黒いリボンを身につけるようになった。


 ノイズを浄化するのではなく、使うようになった。


 誰かを救うために自分を削るくらいなら、最初から強くあればいい。

 傷つけられる前に、傷つければいい。

 優しさで壊れるくらいなら、優しさなんて捨てればいい。


 そうやって、黒羽ノアは黒いリボンの魔法少女になった。


 ルルは、自分のリボンの欠けた部分を隠すようになった。


 戦うことをやめたわけではない。

 でも、前のようには戦えなくなった。


 正しいことをしようとするたびに、アヤメの声が聞こえた。


 私の気持ちは、どこにあったの?


 その言葉が、ルルの胸に残り続けた。


 ミミルは、ふたりを止められなかった。


 ノアにも、ルルにも、同じように言っていた。


 大丈夫。

 きっと大丈夫。

 君ならできる。


 その言葉が、ふたりをもう少し無理させたのかもしれない。


 天文準備室で、ルル先輩は話し終えると、静かに息を吐いた。


 部屋の中は、重たい沈黙に包まれていた。


 リノは何も言えなかった。


 ノアが黒くなった理由。

 ルル先輩のリボンが欠けた理由。

 ミミルが隠し続けていた痛み。


 その全部が、胸の中でほどけずに絡まっていた。


 ミカも黙っていた。


 けれど、その手はそっとリノの袖をつかんでいた。


 怖い。


 リノはそう思った。


 魔法少女になることが怖い。

 誰かを救うことが怖い。

 白くなりすぎることも、黒くなりすぎることも怖い。


 でも、もっと怖いのは。


 何も知らないまま、同じ場所へ進んでしまうことだった。


「リノ」


 ミミルが小さく呼んだ。


 リノはミミルを見る。


 ミミルの目には、涙が浮かんでいた。


「ごめん」


 その一言は、とても小さかった。


「僕、また隠してた」


 リノはすぐに答えられなかった。


 怒っていないわけではない。

 悲しくないわけでもない。


 でも、ミミルもずっと抱えていたのだと思った。


 大丈夫という言葉で、誰かを支えたつもりで。

 その言葉が、誰かを追い詰めてしまったかもしれない後悔を。


「ミミル」


 リノは静かに言った。


「今度からは、隠さないで」


 ミミルはうつむく。


「うん」


「私、知らないまま戦うのは嫌」


「うん」


「でも」


 リノは胸元のリボンを握った。


 白いリボン。

 黒い染み。

 灰色の糸。


「知ったからって、ノアみたいに全部黒くなるのも、ルル先輩みたいに全部白くしようとするのも、たぶん違う」


 ルル先輩がリノを見る。


 ミカも、リノを見ていた。


「私は、まだ分からない」


 リノの声は震えていた。


「どうすれば正しいのかも、誰かを救えるのかも、自分を守れるのかも」


 それでも、リノは言った。


「でも、分からないままでも、聞くことはやめたくない」


 胸元の灰色の糸が、微かに光る。


「自分の声も、誰かの声も」


 ルル先輩は少しだけ目を伏せた。


「灰色の道、だね」


 リノは頷いた。


「まだ、道って言えるほどちゃんとしたものじゃないです」


 ミカが小さく笑う。


「でも、リノちゃんが歩くなら道になるんじゃない?」


 リノはミカを見る。


 ミカは少し照れたように目をそらした。


「なんか、今ちょっといいこと言った気がする」


「うん」


 リノはほんの少し笑った。


「すごく、いいこと言った」


 窓の外では、夕焼けが消えかけていた。


 東の空に、最初の星が光る。


 その奥に、見えない黒い星がある。


 見えないけれど、確かにそこにあるもの。


 痛みも。

 後悔も。

 優しさも。

 間違いも。


 全部、なかったことにはできない。


 そのとき、天文準備室の壁に貼られた古い写真が、ふっと揺れた。


 黒い羽根が一枚、どこからともなく落ちてくる。


 リノは息をのんだ。


 羽根は机の上に落ち、黒い文字を浮かべた。


 ――聞いたんだ。


 ルル先輩の顔色が変わる。


 ミミルが小さく震えた。


 黒い文字は、ゆっくり次の言葉へ変わっていく。


 ――じゃあ次は、私の番だね。


 リノの胸元で、リボンが強く脈打った。


 窓の外。


 校舎の屋上に、黒いリボンの少女が立っていた。


 黒羽ノア。


 夜風に黒い髪を揺らしながら、ノアは天文準備室を見下ろしている。


 その顔は笑っていた。


 けれど、リノにはなぜか、その笑顔が少し泣いているように見えた。


 黒い星が、夜空で静かに瞬いた。

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