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リボンが黒く染まるまで 〜救うほど闇に近づく魔法少女になってしまいました…!〜  作者: ぽころっと
Chapter 1 白いリボンが黒く染まるまで

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第10話 星を読む先輩-前編

リボンが黒く染まるまで


第10話 星を読む先輩・前編


 次の日の朝、リノは校門の前で足を止めた。


 いつもと同じ学校。

 いつもと同じ制服。

 いつもと同じ朝のざわめき。


 なのに、昨日までとは少しだけ違って見える。


 胸元には白いリボンのブローチ。

 制服の内側に隠しているのに、そこにあることをやけにはっきり感じた。


 黒い染み。

 灰色の糸。

 そして、昨夜ほんの少しだけ灯った桜色の光。


 ミカがリノの手を握ってくれた。

 一人でやらなくていいよ、と言ってくれた。


 その言葉を思い出すたびに、胸が温かくなる。

 でも同時に、少し怖くもなる。


 ミカは見てしまった。


 魔法少女の姿のリノを。

 黒い影を。

 ほどけたリボンを引きずる小さなノイズを。


 しかも、ミカはノイズの声を聞いた。


 置いていかないで。

 言えなかった。

 ごめんねって、言えなかった。


 普通なら聞こえないはずの声。


 リノは校門の柱の前で、ブローチをぎゅっと握った。


「リノちゃん」


 名前を呼ばれて、リノは肩を跳ねさせた。


 振り向くと、ミカが立っていた。


 昨日と同じ笑顔。

 けれど、その目は昨日より少しだけ真剣だった。


「おはよう」


「……おはよう」


 リノは笑おうとした。


 けれど、うまく笑えなかった。


 ミカはそれに気づいたのか、気づかないふりをしたのか、リノの隣に並んだ。


「昨日、ちゃんと帰れた?」


「うん。ありがとう」


「ならよかった」


 ミカはそれ以上、何も聞かなかった。


 魔法少女って何。

 昨日の黒い影は何。

 ミミルは何。

 どうしてリノが戦っているの。


 聞きたいことは、たくさんあるはずだった。


 でもミカは、校舎へ向かう道をゆっくり歩きながら言った。


「急がなくていいよ」


「え?」


「話すの」


 リノはミカを見る。


 ミカは前を向いたまま、少しだけ笑った。


「昨日のこと、なかったことにはしない。でも、リノちゃんが今すぐ全部話さなきゃいけないとも思ってない」


「ミカちゃん……」


「だから、話せるときに話して」


 リノの胸が、また少しほどけた。


「うん」


 リノは小さく頷いた。


「ありがとう」


「うん」


 そこで、ミカは少しだけ照れくさそうに笑った。


「でも、ひとつだけ」


「なに?」


「ひとりで危ないところに行くのは、できれば減らしてほしい」


 リノは言葉に詰まった。


「それは……」


「できれば、でいいから」


 ミカの声は優しかった。

 でも、少しだけ強かった。


「私、魔法は使えないけど、心配くらいはできるから」


 リノは胸元のブローチを握る。


 今まで、心配されることを避けていた。

 大丈夫と言っていれば、誰も深くは聞いてこない。

 笑っていれば、誰も傷つかない。


 でも、心配されることは、悪いことではないのかもしれない。


「うん」


 リノはもう一度頷いた。


「気をつける」


「約束?」


「……努力する」


「そこは約束って言ってほしかったな」


 ミカが少しむっとする。


 その顔がおかしくて、リノはほんの少し笑った。


 教室に入ると、セナが黒板の前で配布物を確認していた。


 前までなら、全部ひとりで抱え込んでいただろう。

 けれど今朝は、近くにいるクラスメイトに声をかけていた。


「ごめん、こっちの列だけ配ってもらえる?」


「いいよ」


「ありがとう」


 そのやりとりを見て、リノはほっとした。


 セナは、少しずつ変わっている。


 自分で檻の外へ出ようとしている。


 それは嬉しいことだった。


 胸の奥に、昨日ほど強い痛みはなかった。

 寂しさが消えたわけではない。

 でも、その寂しさを無理やり押し込めなくてもいい気がしていた。


 セナがリノたちに気づいて、近づいてきた。


「おはよう、白咲さん。三枝さん」


「おはよう、月森さん」


「おはよう」


 セナはリノとミカを交互に見た。


 そして少しだけ首を傾げる。


「ふたりとも、何かあった?」


 リノはぎくりとした。


「えっ、何も」


「白咲さん、無理してるとき、笑い方が少し硬くなるよね」


 リノの笑顔が固まる。


 ミカが小さく吹き出した。


「月森さん、鋭い」


「そんなつもりはないんだけど……」


 セナは少し困ったように笑った。


「でも、気になったから」


 リノは目を伏せる。


 セナも、ちゃんと見てくれている。


 それが少し怖くて、少し嬉しい。


「ちょっと、いろいろあって」


 リノは曖昧に言った。


「でも、今は大丈夫……じゃなくて」


 そこで言い直す。


「今は、少し落ち着いてる」


 セナは驚いたように目を瞬かせたあと、柔らかく笑った。


「そっか」


 それ以上は聞かなかった。


 リノの周りに、少しずつ人が増えていく。


 助けた人。

 助けてくれる人。

 気づいてくれる人。


 それは温かい。


 でも同時に、秘密を隠し続けるのが難しくなっていく感覚もあった。


 昼休み。


 リノは図書室に向かった。


 ミカには「少し調べたいことがある」とだけ言った。

 ミカはついてこようとしたけれど、リノが「今日は大丈夫」と言いかけて、「今日はひとりで考えたい」と言い直すと、納得してくれた。


 図書室は静かだった。


 本の匂い。

 窓から入る柔らかい光。

 ページをめくる音。


 リノは天文の棚へ向かった。


 黒い星。


 あの夜、空から落ちてきた黒い星。

 でもミミルは言っていた。


 ノイズは、黒い星が落ちる前からあった。

 黒い星は、きっかけにすぎない。


 なら、黒い星とは何なのか。


 なぜ見えるようになったのか。

 なぜリノは魔法少女になったのか。

 なぜノアは黒いリボンになったのか。


 リノは天文の本を一冊抜き出した。


 星座図鑑。

 流星群の記録。

 古い天体現象の本。


 ページをめくっても、そこに「黒い星」という言葉はない。


 当たり前だ。

 学校の図書室の本に、そんなものが載っているはずがない。


 それでもリノは、何かを探さずにはいられなかった。


「黒い星を探してるの?」


 背後から声がした。


 リノはびくっと振り返る。


 本棚の向こうから、ひとりの先輩が顔を出していた。


 長い髪をゆるく結び、星の形をした小さなヘアピンをつけている。

 制服のリボンはリノたちと同じ色ではない。

 上級生だ。


 柔らかく微笑んでいるけれど、その瞳は妙に澄んでいた。


 星空の奥を覗き込んでいるような目。


「えっと……」


「ごめんね、驚かせた?」


 先輩は両手を軽く上げた。


「あ、そんな怖い顔しないで。私、怪しい人じゃないよ。たぶん」


「たぶん……?」


「うん。自分で自分を百パーセント信じるのって、ちょっと怖くない?」


 よく分からないことを、先輩は真面目な顔で言った。


 リノは返事に困る。


 先輩は本棚の横から完全に姿を現した。


「私は星乃ルル。二年。天文部と図書委員をちょっとずつやってる」


「白咲リノです」


「知ってる」


 ルルはさらっと言った。


 リノの背筋が冷える。


「知ってるって……」


「有名だよ。最近、三枝さんと月森さんとよく一緒にいる一年生」


「それだけですか?」


 リノは思わず聞いた。


 ルルは楽しそうに笑う。


「それだけだったら、よかった?」


 リノは黙った。


 この先輩は、何かを知っている。


 そう思った。


 ルルはリノが持っている本を覗き込む。


「星座図鑑じゃ、黒い星は見つからないと思うよ」


「どうして、黒い星って」


「言ったでしょ? 探してるのかなって」


「私、何も言ってません」


「うん。だから、顔に書いてあった」


 リノは本をぎゅっと抱きしめた。


 ルルは声を少し低くする。


「黒い星が落ちた夜から、この町は少し変わった」


 図書室の空気が、すっと冷えた気がした。


「でもね、変わったのは町だけじゃない」


 ルルはリノを見る。


「見えるようになった子がいる。聞こえるようになった子がいる。傷つきやすくなった子がいる」


 リノは喉が乾くのを感じた。


「先輩は、何を知ってるんですか」


「知ってることは少し。知らないことはたくさん」


 ルルは肩をすくめる。


「でも、あなたのリボンに灰色が混ざり始めてることくらいは、分かるよ」


 リノの心臓が跳ねた。


 反射的に胸元を押さえる。


 ブローチは制服の内側に隠している。

 見えているはずがない。


「どうして……」


「同じものを持ってたから」


 ルルは静かに言った。


 リノは息を止めた。


「同じもの?」


「うん」


 ルルは自分の胸元に手を当てた。


 そこにブローチは見えない。

 けれど、何かがあるように、彼女の指先は制服の上で止まった。


「私も魔法少女だったから」


 図書室の音が、遠のいた。


 ページをめくる音も、誰かの小さな咳払いも、窓の外のざわめきも、全部が薄くなる。


 リノはルルを見つめた。


「先輩が……魔法少女?」


「正確には、今も完全にやめられたわけじゃないんだけどね」


 ルルは困ったように笑った。


「でも、前みたいには戦ってない」


「どうして」


 リノが尋ねると、ルルの笑顔が少しだけ曇った。


「失敗したから」


 その言葉は、とても静かだった。


 だけど、重かった。


「昔、善悪値を間違えて、誰かを傷つけた」


 善悪値。


 その言葉を聞いた瞬間、リノのブローチが小さく震えた。


 いい子でいようとすれば、白くなる。

 悪い子になろうとすれば、黒くなる。

 けれど、そのどちらにも偏りすぎれば、何かが壊れる。


 リノはまだ、善悪値というものをはっきり理解しているわけではなかった。


 でも、自分のリボンが染まっていく感覚だけは知っている。


「先輩は、誰を……」


 そこまで言いかけて、リノは口をつぐんだ。


 聞いていいことなのか、分からなかった。


 ルルはそれを察したように、ゆっくり首を横に振った。


「今はまだ、全部は話さない」


「どうしてですか」


「まだあなたが、私を信用してないから」


 ルルは微笑む。


「それに私も、まだ自分を信用しきれてない」


 その言葉に、リノは何も言えなくなった。


 そのとき、リノの鞄が小さく動いた。


 ミミルが中にいる。


 図書室に来る前、勝手についてきたのだ。

 リノは止めたのに、「心配だから」と言って聞かなかった。


 鞄の中から、ほんの少しだけ白い耳がのぞく。


 リノは慌てて鞄を押さえた。


 ルルはにこりと笑う。


「その鞄、たまに動いてない?」


「動いてません」


「そう?」


「そうです」


「じゃあ、うさぎみたいな耳が見えたのは、私の見間違いかな」


 鞄の中でミミルが固まる気配がした。


 リノは冷や汗をかいた。


「見間違いです」


「そっか。じゃあ、そういうことにしておく」


 ルルは簡単に引き下がった。


 けれど、絶対に気づいている。


 リノはそう確信した。


 その瞬間、図書室の奥で本が一冊、ばさりと落ちた。


 音は小さかった。

 でも、図書室にいた数人が振り返る。


 リノの胸元のブローチが熱を持った。


 ミミルが鞄の中から小声で言う。


「リノ、ノイズの気配」


 リノは本棚の奥を見る。


 誰もいないはずの机の上で、黒い本が開いていた。


 ページが、風もないのにひとりでめくられている。


 ぱらぱら、ぱらぱら。


 そこから黒い文字がにじみ出た。


「見ないで」


 声がした。


 リノは息をのむ。


「知られたくない」


 黒い文字がページから這い出す。

 虫のように動き、床に落ち、また集まっていく。


「言えないまま閉じていたい」


 黒い本が浮き上がった。


 ページが羽のように広がる。

 鍵のついた日記帳のような形になり、その中心に赤黒い目が開いた。


 シークレットページ・ノイズ。


 ミミルが鞄から飛び出しかけて、慌てて止まる。


 まだ図書室には人がいる。


 リノは周りを見る。


 何人かの生徒は、眠そうに目をこすっている。

 司書の先生も、ぼんやりと窓の方を見ていた。


 ノイズの影響で、意識が曖昧になっている。


 でも、ルルだけは違った。


 ルルは黒い本をはっきり見ていた。


「やっぱり出たね」


「先輩、下がってください」


「白咲さんは?」


「私は」


 リノは言葉に詰まる。


 ここで変身する?

 ルル先輩の前で?

 でも、ルル先輩も魔法少女だったと言った。


 それは本当なのか。

 信用していいのか。


 迷っている間にも、ノイズはページをばらまき始めていた。


 黒い文字が床を這い、眠っている生徒たちの足元に絡みつく。


「秘密にしていれば、傷つかない」

「知られなければ、嫌われない」

「閉じていれば、失わない」


 その声が、リノの胸にも触れた。


 秘密にしていれば、ミカを巻き込まない。

 秘密にしていれば、セナを怖がらせない。

 秘密にしていれば、誰にも嫌われない。


 でも。


 昨日、ミカは言ってくれた。


 見たものを、なかったことにはしない。


 リノは深く息を吸った。


「ミミル」


「うん」


「人払い、できる?」


「少しなら」


 ミミルが鞄の中から小さく光を放つ。


 図書室にいた生徒たちは、急に眠くなったように席を立ち始めた。


「なんか眠い……」

「保健室行こうかな」

「私も外の空気吸ってくる」


 司書の先生も、何かを思い出したように図書室の外へ向かった。


 数秒後、図書室にはリノとルルだけが残った。


 正確には、鞄の中のミミルも。


 ルルが目を細める。


「まだその子を隠すんだ?」


「その子って」


「鞄の中の子」


 ミミルが観念したように、鞄から顔を出した。


「……うさぎじゃないからね」


 ルルは目を輝かせた。


「しゃべった」


「しゃべるよ!」


「かわいい」


「かわいいじゃなくて!」


 リノは思わず言う。


「今、それどころじゃない!」


 シークレットページ・ノイズが、鋭い紙片を放った。


 黒いページが刃のように飛んでくる。


 リノはブローチを握った。


「マジカル・リボン・ドレスアップ!」


 白い光が図書室を満たす。


 制服がほどけ、白とピンクのフリルドレスへ変わる。

 胸元には白いリボン。

 黒い染みと灰色の糸、そしてほんの少しの桜色の光。


 リノはステッキを構える。


 しかし、紙片は想像以上に速かった。


「っ!」


 避けきれない。


 そう思った瞬間、リノの前に星の光が走った。


「スターライト・バリア」


 静かな声。


 リノの前に、薄い星形の盾が広がった。


 黒い紙片が盾に当たり、ぱらぱらと床へ落ちる。


 リノは目を見開いた。


 ルルがリノの前に立っていた。


 制服の胸元に、小さな星のブローチが輝いている。


 ルルはそのブローチに指を添える。


「久しぶりだから、うまくいくか分からないけど」


 星の光が、ルルの全身を包んだ。


「マジカル・スター・ドレスアップ」


 柔らかい光が広がる。


 ルルの制服がほどけ、白と淡い紫、星空の青をまとったドレスへ変わっていく。

 肩には透けるようなケープ。

 裾には星屑の模様。

 手には細い杖。先端には小さな天秤と星が揺れている。


 けれど、胸元のリボンは完全な形ではなかった。


 片方の端が欠けている。

 色も少しだけ褪せていた。


 優しい光なのに、どこか壊れた跡がある。


 リノは息をのんだ。


「先輩、本当に……」


 ルルは、少しだけ寂しそうに笑った。


「先輩魔法少女、ってやつだね」


 黒いページが、嵐のように舞い上がる。


「あまり、良い見本じゃないけど」

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