06.品川埠頭ダンジョン、地下 ー 障害対応は大変そうだ
「ここで見たモノを決してしゃべるな」
それだけ言うと、美華斗は品川埠頭の隅にひっそりとある神社の鳥居をくぐった。
「は?」
「ここが入り口……?」
「美華斗さまが結界を緩めます。ここから先は非常に危険です。指示に逆らわないでください」
灰音の瞳は、相変わらず前髪がメガネに覆い被さり、全く見えない。
声はかすかに緊張をはらんでいる。
私に静かに告げた唇はキュと固く結ばれ、頭を下げ、こちらを斜めに見上げた。私に鳥居をくぐる時に頭を下げるように、無言で促したのだ。
表情は読めないが、灰音の薄い背中は、一瞬小さく震えた。
祠の隣に、それはあった。
神社に似つかわしくない近代的なエレベーターが出現しており、本当にいつもそこにあるのか分からないとすら思った。
「俺は先に行っている」
長身の美華斗の背中がエレベーターの扉に吸収された。
「……対魔災害封印区画って何がいるの?」
「この国には、代々”門主”がいます。古い血統です」
私の頭の中では、突然「門主」の言葉が灰音の口から出てきて戸惑った。
保険数理の世界だ。算法書、例外処理、時効保険にも商品ロジックはきちんとある。
時効保険中央演算庫に行くならば、薄暗い中に広がる巨大サーバー群なんかを想像していたのに、突然の神社と門主に呆気に取られた。
「圭さんは、怪物はなんだと思いますか?」
灰音はそっと囁くように言った。
その言い方は不気味で、灰音の頭の上に今日も赤く光る過失係数を二度見したぐらいだ。
今日も灰音の過失係数は2だ。
極めて低い。善意の塊のような人間だ。
およそ、彼女は悪に手を染めたりしないだろう。
「怪物は、人間だ」
私は本音を正直に言った。
エレベーターの扉が開いて、灰音が入り、私も続いた。
――ここまで来たら、腹をくくるしかない……。
だが、怖かった。
目を開けた。
薄く赤い空があたり一面に広がり、広大な空を背景に巨大な朱門が聳え立っていた。
何段にも続く階段が見えた。そのてっぺんに赤黒い衣を風に靡かせた一人の男が立っていた。
清浄な空気が立ち込めている中、私はその男の顔を見た。金剛杖を持ち、仁王立ちしている超絶美形の男は、美華斗だった。
「……MIKADO……?」
隣にいるはずの灰音の姿が見えない。
私の隣には、鳥がいた。薄い緑色の美しい羽の鳥。私はハッとして自分を見た。手足が消えて、薄青い羽が見える。
私たちは飛んだ。
美華斗が金剛杖を天へ突き上げた瞬間、一筋の光が赤い空に走った。薄い緑色の羽の鳥を見失わなように、私は必死で追った。目の前に仁王立ちしている男の足が近づいた。
――ぶつかるっ!
急上昇できた。
男の透き通った煌めく瞳が一瞬私を見た、と思った。
そのまま私たちは上昇して、紅い巨大な門を見下ろす形で飛んだ。
門の先には、清水寺のような美しくも古い神社が広がっていた。だが、その神社の上をひたすら飛ぶと、真っ暗な異界が広がっていた。
どこかでサーバー冷却に似た低音がかすかに聞こえてくる。
無音の闇からではない。その向こうからだ。
私は一瞬、一郎、二郎、三郎の顔を思った。
――無事に帰宅して、保育園に時間通りに迎えに行かねば。
「圭父ちゃんの会社、遅いね……」
三郎がまた拗ねる顔が浮かんだ。
下を見ると、蠢くモノが無数にいた。
――怨念……か?
復讐、無念、恨み、さまざまな感情が私の中に流れ込み、一気に胸が苦しくなった。
息ができない。
――姉ちゃんは、なぜ死んだ?
――一郎、二郎、三郎、なんでこんな……!
私は巻き込まれ、真っ暗な異界に吸い込まれるように落ちて行った。
「圭!」
どこかで美華斗の声が頭の中でした。
「怪物は、人間なんだろ。とらわれるな!」
私は必死に薄い緑色の羽を探した。
真っ暗で見えない。
何かがまとわりつく。
赤い文字が見えた。
――赤く光る”2”。
――灰音だ!
私はそこめがけて飛んだ。
急上昇した。
振り切る。
何も考えない。
赤く光る「2」の数字だけを見つめて飛んだ。
気づけば、真っ暗な異界が遥か下に広がっていた。
――あぁ、これが弾頭を吸収した対災魔の封鎖区画ダンジョン……か?
目の前に近代化された巨大なサーバー群が出現した。
国家が隠していた演算庫が、そこにあった。
あれだけの怨念を封鎖するなら、国家予算がどれほど動くのか想像もつかない。
障害対応は大変そうだ。時効整理人は、運用はしないがな。
――こんなところまで連れてきて、「見てほしい奴」は一体誰だ?




