05.河川敷、午前8時 ー 残高247円
「おかわり!」
「おらもー」
「おらもだぞ!」
「はいはい。お前たち、もっと綺麗に食べなさい」
焼きそばはいつも大人気だ。もう一度スマホアプリで残高を確認した。247円。絶望的だ。
「さ、食べ終わったら、風呂だ。頭をちゃんと洗うんだぞ」
「はーい」
「おら、昨日シャンプーしたから洗わない」
「汗かいたろ、洗いなさい」
「うへぇー」
子供たちが寝た後、封筒の5万を確かめた。来月の家賃には到底足りない。だが、ひとまず、子供たちにしばらく食べさせることはできる。
その夜はあまり寝付けなかった。
翌朝、一郎が学校に行くのを送り出し、二郎と三郎を保育園に連れて行った。河川敷沿いを駅に急足で駅に向かう。
だが、途中で足が止まりそうになる。
――会社に行きたくないな。もう一人の上司、あいつの顔も見たくない。
ため息をついた俺の目に、長い足を組んで車に寄りかかっている長身の男の姿が目に入った。
「圭さん!」
灰音さんの軽やかな声がした。前髪でメガネが全部覆い隠されている灰音さんが駆け寄ってきた。
「な……こんな所まで何しにきたんですか」
「お迎えですよ」
「誰の?」
「圭さんのお迎えに決まっています」
「お前に見てほしい奴がいる」
美華斗のスーツ姿の長い足先が目に入った。高級靴だ。下から上までその綺麗な男の格好を見上げる。
一介のサラリーマンではできない格好だ。
「見るだけならいいですよ。その代わり、謝礼は頂きます」
「いいだろう」
背に腹は変えられない。子どもたちの住む家を奪われるわけにはいかないのだ。電気も水道も止めるわけにはいかない。
「どうぞ」
灰音が車のドアを開け、私は後部座席に乗り込んだ。
「奥いけよ」
「えっ……あっ……はい」
ハンドルを握るのは灰音のようだ。
「俺は運転できない。お前、できるか?」
「一応」
「じゃ、決まりだな」
「何が?」
「すぐ分かる」
急発進した車に私は驚いた。
危うく頭を前の座席のシートに激突させるところだった。
「あ、御免なさいっ!大丈夫でしたか?」
灰音はハンドルにかじりつき、前を一心不乱に見ているようだが、前髪がメガネにかかっているままのようだ。
「ちょっと待って!?」
私は灰音に声をかけた。
「えっ、今運転中なので後にしてくださいっ!」
ぎゅっとハンドルを切った灰音の動きにより、車体が大きく揺れて、私はドアのガラスに頭を思いっきりぶつけた
「待って!止まって!私が運転しますっ!」
キュと音を立てて車が止まった。
ふぅっと息を吐く。
河川敷でちょうど誰も周りにいないのが不幸中の幸だった。
「圭さんが運転されますか?」
「はい、私にさせてください」
「わかりました」
灰音は実にあっさりと運転席から降りた。
その間、美華斗は涼しい顔をして、綺麗な瞳を河川敷の川のほうに向けていた。
私は即座に後部座席からおり、運転席に座った。
灰音は助手席の方に走って行き、ドアを開けて私の隣に座り込んだ。
「で?どこに行きますか?」
「品川埠頭ダンジョン。お前に見てほしい奴はそこにいる」
――時効保険中央演算庫……姉ちゃんの事件を調べられるなら、こっちもそれでいい。
「わかりました。ナビを入れさせてください」
「お前、道は見えないのか?」
「あなた、運転できないでしょ!」
私は黙って品川埠頭とナビに入れた。
時効保険は、アクチュアリーが人間の善悪を数式に押し込めて作った商品だ。
表向きはリアルな保険数理の延長上にある。
犯罪率。再犯率、示談率。
数字で社会から逃がす。
地下に封印しているものは、数式で裁けない事実、隠された負の思惑の記録か?
――だが、戦闘機の弾頭を吸収するほどの対魔災害封印区画とは一体なんだ?
「よぉ、薔薇咲さんちの努くんは、昨晩捕まったぜ」
――薔薇咲一族を完全に敵に回したな。
ため息が出た。
「軍事裁判は、お金がかかりますねぇ」
助手席で灰音が何気なくつぶやいた。
メガネの奥の表情が、前髪で全然見えない。
河川敷を車は走った。
河川敷を抜けると、遠くにコンテナ群が見え始めた。
――さあ、ダンジョンに対峙するしかなくなった。
――行くしかないか。
最悪だ。




