ただ、祈る
夜が明けても、教会の中は夜のままだった。
窓から差す光は白いのに、そこに照らされるものがあまりにも暗い。壁にも床にも血がこびりつき、濡れた布と薬草と焦げた臭いが混ざって、息をするたび胸が悪くなる。外の音は遠のいていた。襲撃が終わったのか、まだ続いているのか、それすら私には分からなかった。
残っているのは、助かる見込みのない人たちばかりだった。
呼ばれる。
駆け寄る。
手を握る。
祈る。
それだけを繰り返す。
ある女の人は、片腕を失っていた。顔は土と血にまみれて、もうほとんど目も開けられない。それでも私が隣に膝をつき、祈りの言葉を口にし始めると、わずかに息の乱れが整っていくのが分かった。
「……ああ……」
喉の奥から小さな声が漏れる。
「楽に、なった……」
私は何も言えなかった。
よかったですね、と言っていいのか分からなかったからだ。
次の瞬間、その人は微笑んだ。
本当に、穏やかな顔だった。
「ありがとう」
そう言って、静かに息を止めた。
私はその顔から目を逸らせなかった。
苦しみから解かれたような、やわらかな顔だった。
まるで救われたみたいに見えてしまった。
でも、救えていない。
私はこの人を助けられなかった。
ただ最期を少しだけ穏やかにしただけだ。
それを救いと呼んでいいのか、私には分からなかった。
次に呼ばれたのは子供だった。
小さな体が熱を持ち、浅い呼吸を繰り返している。服の下の傷は深く、もう誰が見ても助からない。私はそのことを理解してしまった自分が嫌だった。理解したくなんてなかったのに、分かってしまった。
「リナ……お姉ちゃん」
細い声で名前を呼ばれ、私は泣きそうになる。
「ここにいます」
「いたい……」
「はい」
「こわい……」
「はい」
それしか言えなかった。
だいじょうぶですとも、助かりますとも、言えなかった。
私はその小さな手を両手で包み込んだ。
祈る。
何度も何度も口にしてきた言葉なのに、その時はひどく空虚に聞こえた。
祈りの途中で、子供の指先から力が抜けた。
強張っていた体が、ふっと沈むように緩む。
苦しそうだった呼吸が静かになる。
眠ったみたいだった。
安心したような顔だった。
そのまま、目を開けなかった。
私は、もう祈りたくなかった。
祈るたびに、皆少しだけ穏やかになって、そして死んでいく。
それが怖かった。
自分のしていることが何なのか分からなくて、怖かった。
けれど、呼ばれる。
また別の人が私を見る。
苦しそうに、すがるように、あるいはただ静かに。
私はその視線を無視できない。
祈るしかなかった。
助けるためなのか。
苦しみを和らげるためなのか。
死ぬ時に少しだけ楽にするためなのか。
何もしないまま見ていることに、私自身が耐えられないからなのか。
分からない。
主は見ていてくださるのだと、ずっと信じてきた。
祈りは救いになるのだと、そう教えられてきた。
なら、これは何なのだろう。
私はまた、誰かの手を取った。
涙で視界が滲んで、顔がよく見えない。
それでも口だけは動く。覚えた祈りの文を、途切れ途切れにでも唱え続ける。
なんで祈ってるんだっけ。
その言葉だけが、頭の奥に冷たく残っていた。




