届かない祈り
悲鳴で目が覚めたのか、悲鳴が聞こえる前から起きていたのか、それすらもうよく分からない。
夜だった。
窓の外が赤かった。
火だ、と思った時にはもう、廊下を誰かが走っていた。戸を叩く音。泣き声。叫び声。何が起きたのかを確かめるより先に、私は寝台から飛び起きて扉を開けた。
「村が……!」
誰かが何かを言っていた。けれど全部は聞き取れない。
外は煙の匂いで満ちていた。喉に刺さる熱と、焦げた木の臭い。遠くから、獣とも人ともつかない叫びが重なって聞こえてくる。
魔物だ。
その言葉が頭に浮かんだ瞬間、背中が冷たくなった。
教会へ、人が運び込まれてきた。
最初は一人、次に二人、すぐにそれでは数えきれなくなった。血で濡れた腕。裂けた肩。噛みちぎられた足。抱えられてくる子供。呻く老人。顔色を失った女。皆、助けを求めているのに、ここには治療の術も薬も足りない。
「布を!」
「水を!」
「こっちが先よ、早く!」
声が飛び交う。
私は言われるままに走り回った。血を拭き、布を押しあて、呼ばれるたびに膝をつく。
最初に手を握ったのは、腹を深く裂かれた男の人だった。
血が止まらない。押さえている布はすぐに濡れる。苦しみに顔を歪め、歯の隙間からかすかな呻きが漏れていた。
私はその手を取った。冷たい。震えている。
「どうか……少しだけでも……」
祈る。
いつもと同じ言葉を口にする。
けれど、声が震えて、途中で何度も途切れた。
傷は塞がらなかった。
開いた腹はそのままで、流れた血も戻らない。
それでも、祈りの終わる頃には、その人の呼吸が少しだけ落ち着いていた。歯を食いしばっていた口元が緩み、苦しそうに寄っていた眉がほんのわずかほどける。
「……ありがとう」
そう言って、その人は動かなくなった。
私はしばらく、何が起きたのか分からなかった。
助からなかった。
祈ったのに。
でも、最期の顔は、少しだけ安らいでいた。
「リナ! 次!」
呼ばれて振り向く。
考えている暇なんてなかった。
私はまた別の人のもとへ走る。
また祈る。
また少しだけ楽そうになる。
そして、また死ぬ。
何度も、何度も、何度も。
血の匂いが鼻について離れない。
床は滑るほど濡れている。
子供の泣き声も、大人の悲鳴も、途中からみんな同じように聞こえた。
私の祈りは届いているのだろうか。
届いているのなら、なぜ救えないのだろう。
救えないのに、どうして苦しみだけ少し和らぐのだろう。
礼拝堂で歌っていた子供たちの声を思い出す。
昼の食卓を囲んで笑っていた顔を思い出す。
それが、たった数刻前のことだなんて、信じられなかった。




