主の御許で
昼の食卓には、固いパンと薄い野菜の汁物、それから少しばかりの干し肉が並んでいた。豊かな食事ではない。けれど、皆で囲めば不思議と寂しくは見えなかった。
子供たちは今日もよく喋る。
誰が賛美歌をいちばん大きな声で歌えたか。
誰が裏庭で転んだか。
誰のスープにいちばん具が多かったか。
そんなくだらないことで笑い合うのを見ていると、私は胸の奥がほどけていくのを感じた。
午後には、足をすりむいた子を医務の部屋へ連れていった。膝の皮が少しめくれているだけなのに、その子は今にも世界が終わりそうな顔で泣いていた。私は傷を洗ってやり、薬草をあててから、小さな手をそっと包む。
「だいじょうぶ。少しだけ、痛くないように祈りましょうね」
泣き声はすぐには止まらなかった。けれど、祈りの文を半ばまで唱えた頃には、その子はしゃくり上げながらも私の顔を見ていた。やがて呼吸が落ち着き、最後には「もう平気」と言って自分で立ち上がった。
私はそれが嬉しくて、でも嬉しいと口にするのは違う気がして、ただよかったですねと笑った。
夕方、礼拝堂で賛美歌の練習をする。
高い天井に、まだ幼い声がふわふわと浮かび上がる。上手ではない。音を外す子もいる。けれど、その不揃いな歌声には、なぜか心を温めるものがあった。
歌が終わったあと、私はひとり祭壇の前に立った。
主の姿をかたどった像は古く、白かったはずの石は長い年月で少し灰色がかっている。それでも、伏せた睫毛のやわらかさや、わずかに微笑んでいるように見える口元を見ていると、不思議と心が落ち着いた。
目を閉じる。
主はどのようなお姿をしておられるのだろう。
そう考えるたび、私の頭に浮かぶのは、やわらかな白の中にたたずむ幼い女神のような影だった。白っぽい銀の髪。澄んだ顔立ち。近づきがたいのに、どこかやさしく見える。
もちろん、本当に見たわけではない。ただの想像だ。
それでも、祈る時だけは、その姿がずいぶんはっきりと心の中へ降りてくることがあった。
礼拝堂を出ると、空はもう暮れ始めていた。
遠くの方で、何か重いものが鳴るような音がした気がして、私は足を止める。
「今の、何でしょう」
近くにいた人に尋ねても、その人は首を傾げただけだった。
「さあね。雷かしら」
空は晴れていた。
けれど私は、それ以上考えなかった。
夕食の支度をしなければならないし、子供たちを寝かせる時間も近い。いつもの一日が、いつものまま続くのだと、まだ疑っていなかったからだ。




