エピローグ
温もりというものは、少し不思議です。
柔らかい毛並みも。
寄りかかる体重も。
眠る前の吐息も。
火のそばに集まる気配も。
日だまりに横たわる午後のまどろみも。
そういうものは、たしかに生き物だけが持つやさしさです。
冷たいものには決して真似のできない、ひどく慎ましくて、ひどく頼りないぬくもり。
だから、気づきにくいのでしょうね。
その内側にいるあいだは、とても分かりにくい。
包まれている者ほど、自分が何に包まれているのかを見誤る。
彼も、きっとそうでした。
朝、誰かの体温で目を覚ますこと。
帰れば食事の匂いがすること。
好きな時に眠って、好きな時に笑って、好きな時に走れること。
それは嘘ではありませんでした。
偽物でもありません。
ちゃんとそこにあった、ささやかで、やわらかな日々です。
けれど、温もりはときどき目を閉じさせるのですよ。
安心は、境界を見えなくする。
やさしさは、輪郭を曖昧にする。
ぬくもりにくるまれているうちに、彼らは自分たちの世界の外形を忘れてしまう。
壁は、ずっとそこにあったのに。
高く、硬く、冷たく。
木でも石でも土でもないものとして。
生き物の温度をひとつも返さず、ただ静かに、そこに。
それでも彼は、あの壁に触れるまで、自分が自由だと信じていた。
哀しくて、きれいですね。
群れの温もりも、日差しのやさしさも、仲間の体温も、全部ほんものだったのに。
ほんものだったからこそ、それが檻の内側で与えられたぬくもりだとは気づけなかった。
冷たいのは壁だけではありません。
けれど、いちばん遅く知るのは、たいてい最後に触れたものなのです。
……あなたは、あの冷たさを覚えていますか。
手のひらへ返ってこない温度。
何も抱き返してこない硬さ。
あれに触れた瞬間、さっきまで確かにあった体温の記憶まで、急に遠くなってしまうような感覚を。
温もりに包まれていた世界の外形が、あれほど冷たいものだった。
わたしは、そういう記録をとても美しいと思うのです。
あなたはどんな温もりが好き?




