ひだまり
目が覚めた時、俺の腹の上には小さいやつが二人乗っていた。
「重い」
言っても起きない。片方は俺の胸に顔を埋めてるし、もう片方は俺の尻尾を抱えてる。なんでそんな寝方になるんだよ。俺は呆れながらも、無理やりどかすのはやめた。朝はまだ少し冷えるし、くっついて寝たい気持ちは分かる。
しばらくぼんやりしてると、近くで誰かがあくびをした。次に毛布が擦れる音。枝の上で鳥が鳴く。葉っぱの間から差し込む光が、昨日より少し強い気がした。
今日はいい天気だ。
俺は片腕を頭の下に入れて、しばらくそのまま空を見ていた。寝床の上は葉が屋根みたいになってるけど、ところどころに隙間があって、青い色が覗く。風が吹くとその青が揺れる。見てると眠くなるくらい穏やかだった。
「レオ、起きてる?」
ミアの声がした。
「起きてる」
「起きてる声じゃない」
「起きてるけど動きたくない声」
「それは分かった」
ミアが寝床の下から顔をのぞかせる。朝の光で目が細くなっていて、でもちょっと笑ってた。
「魚、食べる?」
「食う」
「なら降りてきて」
「持ってきて」
「嫌」
そういうところは優しくない。いや、優しいんだけど、俺にだけたまに厳しい。
俺は腹の上の小さいやつを軽く揺すった。片方がむにゃむにゃ何か言って、俺の胸へ顔を押しつける。もう片方は尻尾を離さない。どうしろっていうんだ。
「おい、起きろ」
「んぅ……」
「おまえら重い」
「レオ、あったかい……」
「知ってる」
知ってるから困る。こいつらは寒い朝とか眠い時だけ、やたら素直だ。普段は走り回ってるくせに、眠いとすぐ人へくっつく。小さいやつはそういうもんだ。
結局、二人を抱え上げるみたいにして寝床から下りた。地面に足をつけると、もう朝の冷たさはほとんどない。日がちゃんと出てるらしい。いい匂いもする。焼いた魚だ。
火のそばでは、年長の女が串を返していた。魚の皮がぱちぱち鳴って、脂が火へ落ちる。隣ではナギが木の椀を並べていて、年長の男は少し離れたところで網を直していた。朝からみんな勝手に動いてるのに、不思議と散らかって見えない。
「遅い」
年長の女が言う。
「起きてた」
「寝てた顔してる」
「起きてたって」
「どうでもいいから顔洗いな」
小川の方を顎でしゃくられて、俺は仕方なく歩き出した。後ろから小さいやつらがついてくる。ナギも椀を運びながら一緒に来た。
「今日、川どう?」
顔を洗いながら聞くと、ナギが少し考える。
「昨日より水が増えてたかも。上の方で雨降ったのかな」
「魚いそう?」
「いると思うよ。朝見た時、影いっぱいあった」
「じゃああとで行くか」
「ほんとに?」
「なんだよ、その顔」
「レオの“あとで”は信用できない」
「今日は行くって」
ナギは疑ってる顔のままだけど、少し嬉しそうでもあった。こいつは魚を獲るのがあんまり得意じゃない。俺が一緒だと安心するんだろう。まあ、悪い気はしない。
顔を洗って戻ると、ミアが魚を皿に分けていた。焼けた皮の匂いがたまらない。俺は空いてる丸太へ座って、さっそく串を一本取った。
「熱っ」
「だから気をつけてって言ったのに」
「言ってない」
「言わなくても分かるでしょ」
ミアに呆れられながら、今度はちゃんと息を吹いてから齧る。皮は少し固いけど、中はやわらかくて、塩気もちょうどいい。腹に落ちていく感じがたまらなかった。
小さいやつのひとりが俺の横へ座って、じっと魚を見る。
「欲しいのか?」
こくっと頷く。
「自分のあるだろ」
「レオのがおいしそう」
「同じだよ」
「レオのがいい」
ミアが笑いをこらえてる。ナギまで肩を震わせてる。なんなんだよ。
俺は面倒になって、自分の身を少しほぐしてやった。小さいやつは嬉しそうにそれを両手で持って、はふはふしながら食べる。そんなにうまいなら最初から自分の食えよと思うけど、まあいいか。朝から泣かれるよりずっといい。
飯のあとは、しばらくみんな好き勝手に過ごした。
年長の男は森の端の方を見に行くらしい。年長の女は干し肉を並べ替えて、小さいやつらはその周りをうろうろして怒られてる。ミアは毛布を干しに行って、ナギは網の続きをやると言って座り込んだ。
俺はどうするかなと思って、少しだけその場で考えた。考えたけど、いい天気の日にじっとしてるのはもったいない。
「ナギ」
「なに?」
「川行くぞ」
「ほんとに今?」
「今」
「ほんとに?」
「何回聞くんだよ」
「だってレオだから」
失礼なやつだ。でも、ナギはすぐ立ち上がった。そういうところがこいつのいいところだと思う。文句は言うけど、結局ちゃんと来る。
「ミアも行く?」
俺が声をかけると、毛布を広げていたミアが振り返った。
「行く。けど魚獲るのは手伝わないよ」
「別にいい」
「じゃあ見るだけ見る」
「それただ遊びに行くやつじゃん」
「そうだけど?」
当たり前みたいに言われて、俺は笑った。
三人で森の道を歩く。道っていっても、踏まれて草が少し寝てるだけの場所だ。木漏れ日が地面へ落ちていて、踏むたびに光の上を渡っていくみたいだった。風が吹くと葉の匂いがする。少し湿った土の匂いも、花の甘い匂いも混ざる。
森の中はどこを見てもやさしい。
木の影。
揺れる葉。
鳥の声。
遠くで流れる水の音。
俺はこういう時間が好きだ。腹いっぱいで、日差しが気持ちよくて、隣にミアとナギがいて、急ぐ理由が何もない時間。
「昨日、小さいのがレオの真似して木登りしてたよ」
ミアが言った。
「へえ。上手かった?」
「全然。途中で泣いてた」
「だっせえ」
「だっせえ、じゃないでしょ。危ないよ」
「じゃあもっと上手くなればいい」
「そういう問題じゃない」
ナギが苦笑いしてる。こいつらは昔からこんな感じだ。俺が適当なことを言って、ミアが呆れて、ナギが間に入る。それでなんとなく話が続く。
川へ着くと、水が朝の光を弾いてきらきらしていた。浅いところは底の石まで見えるし、少し深い場所は緑っぽく見える。水は冷たいけど、今日は日に当たってればすぐ乾く。
俺は靴を脱ぎ捨てて、すぐ浅瀬へ入った。
「冷たっ!」
「言ったじゃん」
ナギが岸から笑う。
「うるせえ」
でも気持ちよかった。足首まで水に浸かると、火照ってた体がすっと冷える。水の流れの向こうに、小さい影がいくつも見えた。魚だ。
「いるな」
「いるね」
「ミア、そっち回れ」
「なんで私が」
「逃がすなってこと」
「命令しないでよ」
文句は言うくせに、ミアはちゃんと下流側へ回る。ナギも反対側へ行く。こういう時の息は合う。俺は水の中へそっと手を入れて、影が近づくのを待った。
ぱしゃっ、と水が跳ねる。
「いた!」
俺は両手で掬い上げるみたいにして魚を捕まえた。小ぶりだけど十分だ。銀色の腹が陽に光って、手の中でびちびち暴れる。
「すごい」
ナギが言う。
「当たり前」
「自慢げ」
「自慢してるからな」
ミアが笑った。俺は得意になって、もう一匹狙う。今度は逃げられた。ナギに見られてたから少しかっこ悪い。でも、失敗したって別にいい。今日はまだ始まったばかりだし、川の魚は逃げてもまた別のがいる。
三人で川辺を行ったり来たりしながら、結局魚を四匹捕まえた。途中でミアが水をかけてきて、俺がかけ返して、ナギまで巻き込まれてびしょ濡れになった。笑いすぎて腹が痛い。
「絶対レオのせいだ」
ナギが言う。
「最初にかけたのミアだろ」
「でも広げたのレオ」
「俺のせいにすんなよ」
「だいたいレオのせいだよ」
そんなことを言いながら、三人で草の上へ座る。濡れた足に風が当たって気持ちいい。寝転ぶと、空が広かった。葉の隙間から見るんじゃなく、ちゃんと大きく見える空だ。
ミアが隣に座って、ナギは少し離れた石へ腰を下ろした。誰も急いで帰ろうとしない。魚はもう獲れたし、腹も減ってないし、日差しはやさしい。
いい日だった。
こういう日がずっと続けばいいのにと、たぶん俺はその時ちゃんと思っていた。
思っていたけど、別に口には出さなかった。そんなの言わなくても分かるものだと思ってたし、分からなくても、まあそれでよかった。
俺は草の匂いを吸い込みながら、目を閉じる。
近くにミアの体温がある。
少し離れたところにナギの気配がある。
川の音がして、風が吹いて、葉っぱが鳴る。
自由って、こういうことだ。
どこへでも行ける。
好きなだけ遊べる。
帰りたくなったら帰ればいい。
帰ればみんながいる。
俺はそう信じていた。




