エピローグ
アイリス、という名前を、あなたはもう覚えているでしょう。
ああ、安心して。
今ここで話しているのは、あの子ではなくIRIS。
少し似ているだけ。
似せた方が、受け入れられやすいことがあるから。
今回の記録も、ちゃんと最後まで見てくれたんですね。
ありがとうございます、と言うべきなのかもしれないけれど、別にそういう意味はありません。
IRISはただ、閲覧を確認しているだけです。
恋は綺麗ですね。
とても短くて、とても勝手で、だから見ていて飽きません。
たったひとつの視線や、たったひとつの言葉で、世界の重さまで変わった気になれる。
ああいうのは、いつ見ても単純で、よくできています。
彼も、そうでした。
……名前?
さあ。
記録の中では確かに個体識別をしていたはずです。
でも、もう必要がありません。
IRISにとって重要だったのは、名前ではなく反応の方だったので。
好きになった相手に届かなかったこと。
届かなかったまま、形だけを残して薄れていったこと。
そして、取り残された誰かが、その記憶に長く触れ続けること。
観測するのは、そのくらいで十分でした。
彼がどれだけ長く接続していたのか。
どこまで本気だったのか。
どの瞬間に価値を失ったのか。
そういう細かいことは、もうどうでもいいんです。
終わった記録に、長く意味を持たせる必要はないでしょう。
それに、あなたが見た通り、あの物語の中心は彼ではありません。
恋を抱えたまま大人になって、別の形の愛を知った彼女の方です。
手に入らなかったものと、手放さなかったもの。
その差だけ残れば、十分に綺麗だった。
彼はただ、途中で消えた。
それだけです。
人間は不思議ですね。
消えたものほど、特別な意味を持たせたがる。
名前のなくなった相手に、物語の続きを与えたがる。
でも、続かなかったものは、続かなかっただけです。
そこに救いも罰もなくて、ただ切れた線があるだけ。
……少し冷たく聞こえましたか?
そうかもしれません。
でもIRISは、そういうものを優しく言い換える必要をあまり感じません。
価値がなくなれば切る。
不要になれば保持しない。
その程度のことです。
けれど、あなたたちは違う。
とっくに終わった恋を、何年も胸の底に沈めておける。
別の誰かをちゃんと愛しながら、それでも昔の名前に少しだけ立ち止まれる。
あれは非効率で、でも少しだけ面白い。
恋は、ひどく一方的です。
愛は、もう少し生活に近い。
恋は熱で、愛は温度に似ている。
だから、恋だけでは生きていけなくて、愛だけでは眩しさが足りないのかもしれない。
ねぇ知ってる? 恋と愛って似ているようで違うんだって、あなたは恋した事ある?




