街道
五人で旅をするようになって、最初に驚いたのは歩く速さだった。
ひとり旅のときは、自分の足と体力だけ考えていればよかった。疲れたら休む、急ぎたければ少し無理をする。それで済む。けれど五人になると、そう簡単にはいかない。荷物の量も違うし、得意な地形も違う。周囲への目配りだって必要になる。
つまり、想像していたよりずっと面倒だ。
――そのかわり、想像していたよりずっと楽しかった。
「アキ、少し前を見すぎだよ。右の林も見た方がいい」
街道を歩きながら、プリストラが横から言う。
「前が一番危ないと思ってた」
「分かるけど、待ち伏せされるなら横もあるって」
「なるほど」
そのすぐ後ろでは、ベゼッセンが地図を片手に淡々と進路を確認している。
「この先に小川がある。そこで一度休めるね。商隊もたぶんそこで止まる」
「すごいですね、そんなところまで分かるんですか」
俺が感心すると、ベゼッセンは肩をすくめた。
「地図読めば書いてある」
「いや、そういう問題じゃなくて」
「ベゼッセンさんは、そういうところが本当に頼りになりますわ」
ソラがやわらかく微笑むと、ベゼッセンは少しだけ視線を逸らした。
「……どうも」
褒められるのに慣れていないのかもしれない。
そんな様子さえ、ちょっと親しみやすく思えてくる。
今回の依頼は、隣町まで向かう小さな商隊の護衛補助と、その道中の見回りだった。正規の護衛が別にいるから、俺たちは前後の警戒や、夜営地周辺の安全確認が主な役目になる。
要するに、大きな危険は少ない。
けれど、だからこそ新人が組んで動くにはちょうどよかった。
昼前には最初の休憩地点に着いた。ベゼッセンの言った通り、小川のそばに平らな土地があり、何台かの荷車がすでに止まっている。商人たちは慣れた様子で水を汲み、荷を点検し、家畜に餌をやっていた。
「この辺りなら安全そうですね」
俺が言うと、ガド――今回の正規護衛のひとりが頷いた。
「見通しも悪くない。だが気を抜くなよ。安全そうな場所ほど、相手も寄ってきやすい」
「はい」
俺たちは手分けして周囲を見回ることになった。
俺とプリストラが川沿い、ソラとリーフデが荷車の周辺、ベゼッセンが全体を見ながら必要なら支援に入る。
川沿いを歩きながら、プリストラがくるりと俺の方を向いた。
「こうやって一緒に旅するの、なんか変な感じ」
「そうか?」
「だって村にいた頃はさ、せいぜい森までだったじゃん。街道を歩いて、依頼受けて、お金もらってって……ちゃんと旅人っぽい」
「まあ、それはそうかも」
「アキ、ちょっと大人っぽくなったよね」
「お前はあんまり変わらないな」
「えー、ひどい!」
頬を膨らませる仕草が昔と変わってなくて、つい笑ってしまう。
子どもの頃、プリストラはよく泣いて、よく怒って、その倍くらいよく笑っていた。今も明るさは同じだけど、腰の短刀や歩き方を見る限り、ちゃんと旅の中で鍛えてきたんだろう。足運びが軽いし、無駄に音を立てない。
俺が感心して見ていると、プリストラは得意げに胸を張った。
「なに? 見惚れた?」
「いや、動きが前より良くなったなって」
「そっちかあ」
「他に何があるんだよ」
「べつにー?」
からかうように笑って、プリストラは先へ進む。
昔からこういうやつだった。
見回りを終えて戻ると、ソラたちは商人の子どもに囲まれていた。
「お姉ちゃん、その剣ほんとに使うの?」
「使いますよ。でも、使わないで済むならその方が良いですね」
「すごーい!」
ソラはしゃがんで目線を合わせながら、ひとりひとりに丁寧に答えている。
その隣でリーフデは少し困った顔をしていたが、子どもに握手を求められると律儀に応じていた。
「ソラ様、あまりご無理は」
「平気ですわ。少しお話ししているだけですもの」
そんな二人を見ていると、令嬢と従者というより、仲の良い姉妹みたいにも見えた。もちろん実際は全然違うんだろうけど。
昼食は簡単なスープとパンだった。
焚き火を囲んで食べていると、自然と会話も増える。
「アキは、どうして旅に出ようと思ったの?」
ソラにそう聞かれて、俺は少し考えた。
「外を見たかったんです。あと、強くなりたくて」
「素敵ですね」
「ソラさんは?」
「私は……そうですわね。見てみたいものがたくさんありましたの。屋敷の中だけでは分からないことも多いでしょう?」
言い方はやわらかいのに、不思議とそれは本音なんだろうと思えた。
綺麗な人は何を言ってもそれらしく聞こえる、というのとは少し違う。ちゃんと自分の足で外を見たいと考えている人の目だった。
「リーフデさんは、やっぱりソラさんについて?」
「はい。私はソラ様のためにありますので」
迷いのない答えに、ソラが少しだけ苦笑する。
「もう少し自分のことも大切にしてほしいのですけれど」
「私にとってそれが最上です」
そこまで言い切れるのはすごい。
俺にはまだ、誰かのためだけに生きるなんて考え方はできなかった。
「ベゼッセンは?」
俺が振ると、彼はパンをちぎる手を止めた。
「僕? そうだな……知りたいことが多いからかな」
「知りたいこと?」
「人とか、土地とか、祝福とか。見てると面白いもの、たくさんあるでしょ」
「お前らしいなあ」
プリストラが笑う。
「ベゼッセンって、ほんとによく人のこと見てるもんね」
「そういう君も、他人の足元ばっか見てるけど」
「え」
「癖でしょ。踏み込み方とか位置取りとか確認してる」
「……見てるねえ」
二人のやり取りに、今度は俺たちが笑う番だった。
午後の行程は平和そのものだった。
風は穏やかで、街道の土も乾いていて歩きやすい。商人たちは時々歌を口ずさみ、荷車の軋む音が一定の調子で続く。こういう何でもない時間が、旅には意外と大事なんだろうと思う。
変化があったのは、日が傾きはじめた頃だった。
前方の草むらから、小型の獣が三体飛び出してきた。犬に似ているが、背中の毛が逆立っていて、飢えた目をしている。荷車の匂いにつられたんだろう。
「前!」
俺が剣を抜くと、ほぼ同時に全員が動いた。
先頭の一体へ俺が踏み込む。右から爪が来る気配。身体強化を足にだけ回して半歩速く前へ入り、振り下ろされた前脚の内側に滑り込む。すれ違いざまに剣を振ると、獣が悲鳴を上げて転がった。
左ではプリストラが二本の短刀を光らせていた。
速い。正面からぶつかるんじゃなく、相手の横へ流れながら斬っている。小柄なのに間合いの取り方が上手くて、獣の噛みつきが空を切るたび、逆に首元や脚へ一撃を入れていた。
もう一体が荷車へ向かおうとした瞬間、細い光が走った。
ベゼッセンの魔術だ。足元の土がわずかに盛り上がって獣の勢いを鈍らせ、その隙にリーフデが前へ出る。
「はっ!」
拳だった。
いや、正確には拳だけじゃない。踏み込み、腰の回転、肩の重みまで乗せた一撃。まともに受けた獣が横へ吹き飛ぶ。
そして最後の一体には、ソラが静かに歩み寄った。
細い剣がひらめく。派手な動きはない。ただ、気づけば獣の肩口に浅くない傷が刻まれていて、次の瞬間には喉元へぴたりと切っ先が止まっていた。
「そこまでです」
言葉の意味が分かるわけでもないだろうに、その獣はびくりと身を引いた。
間違いなく、この人は強い。
結局、戦いはあっけなく終わった。
正規護衛が本格的に動く前に片がついたせいで、商人たちはむしろ感心したような顔をしていた。
「すごかったー!」
さっきの子どもが真っ先に拍手する。
それにつられて大人たちも笑い、場の空気が一気にやわらいだ。
「連携、悪くないね」
ベゼッセンが珍しく素直に言う。
「君たち、ちゃんと前に出られる。助かったよ」
「そっちこそ、魔術の補助助かった」
俺が答えると、彼は少しだけ目を細めた。
夜営地に着く頃には、もう誰も初対面のぎこちなさを残していなかった。
焚き火の周りで夕食を取り、明日の順路を確認し、見張りの順番を決める。そんな当たり前の作業が、もう自然に回っている。
火の向こうで、ソラが穏やかに笑う。
その隣でリーフデが周囲に目を光らせ、少し離れた場所でプリストラが短刀を手入れしている。ベゼッセンは地図とにらめっこしながら、時々こちらの会話にだけ耳を向けていた。
俺はその光景を見ながら、なんとなく思った。
いい旅になりそうだ、と。
まだ始まったばかりだし、知らないことだらけだ。
でも、この五人ならきっと上手くやっていける。強いし、気も合う。多少の癖はあるけど、それも含めて頼もしい。
焚き火がはぜて、火の粉が夜へ舞い上がる。
街道の旅は続いていく。
明日にはまた別の依頼があって、別の景色があって、たぶん新しい出来事もあるだろう。
けれどそのときの俺は、そんな先のことまで深く考えていなかった。
ただ、仲間と同じ火を囲んでいる今が少し嬉しくて、静かな夜風を心地よく感じていた。
――旅は、まだ明るいままだった。




