出会い
町に来てから五日ほどで、俺はようやく道を覚えはじめていた。
安宿から斡旋所、斡旋所から教会、安く食べられる食堂の場所、剣の手入れに使える鍛冶屋の位置。最初は何もかも新鮮だった景色も、少しずつ“自分が歩く場所”になっていく。
依頼もいくつかこなした。
荷車の護衛、見回り、薬草採取の付き添い。どれも大仕事ではないけれど、ひとつ終えるたびに、旅に出た実感が増していく。
その日も朝から斡旋所へ顔を出した俺は、受付の女性に手招きされた。
「アキ、ちょうどいいところに来たね」
「何かありましたか?」
「少し長めの同行依頼があるんだけど、興味ある?」
差し出された依頼書には、近隣の街道を巡りながらいくつかの護衛と討伐補助を行う短期依頼、とある。報酬もこれまでの仕事よりずっといい。その代わり、単独ではなく仮のパーティーを組んで動くらしい。
「実力を見たいって人がいてね。初心者ばかりでもないし、悪い話じゃないよ」
「受けます」
答えるのに迷いはなかった。
どうせ旅に出たんだ。いろんな相手と組んで、できることを増やしたい。
「決まり。裏庭に集まってるから行っておいで」
斡旋所の裏庭には、すでに三人――いや、四人いた。
最初に目に入ったのは、金髪だった。
朝の陽を受けてやわらかく光る長い髪。整った横顔。淡い色の上品な旅装に、細身の剣。町の通りを歩いていても目を引くだろう人が、まるで当然みたいにそこに立っている。
隣には、彼女を守るように背の高い女性がいた。
黒い肌に引き締まった腕。服の上からでも分かるほど鍛えられた体つきで、少し近寄りがたい迫力がある。なのに金髪の女性が何か言うたび、その表情だけは驚くほどやわらかくなった。
残るひとりは、杖を持った細身の男だった。
髪は少し長めで、目つきは鋭い。俺が来たことに気づくと、値踏みするというより、興味深そうにじっと見てきた。
「あ、来たね。君がアキくん?」
金髪の女性がこちらへ向き直って、ふわりと笑う。
その笑顔だけで、場の空気が少し明るくなった気がした。
「はい。アキです」
「私はソラ・ルーヴェル。こっちは従者のリーフデ、そして魔術師のベゼッセンさん」
「よろしくお願いいたします、アキ様」
リーフデが深々と頭を下げる。大柄なのに仕草が丁寧で、その落差に少し驚いた。
ベゼッセンは軽く杖を持ち上げるだけだった。
「どうも。剣士、だよね。立ち方で分かる」
「一応、そうです」
「へえ」
短いやり取りなのに、何だか見透かされたようで落ち着かない。
この人、かなり人を見るのが上手いんじゃないだろうか。
それより気になったのは、ソラ・ルーヴェルという名前だった。
家名持ち。つまり、かなり良い家の出なんだろう。立ち居振る舞いを見れば、それはもう疑いようがない。けれど、高慢さはまるでなかった。むしろ誰に対しても自然に笑いかけて、言葉選びもやわらかい。
「ご一緒できて嬉しいです。剣士の方がいてくださると心強いですね」
そんなふうに言われたら、悪い気はしない。
「俺も、魔術師と……令嬢の方と組むのは初めてです」
「ふふ。旅の間はただの一員だと思ってくださいな」
上品なのに気取っていない。
きっとこういう人を、育ちがいいって言うんだろう。
「で、もうひとり来るはずなんだけど」
ベゼッセンがそう言ったとき、裏口の扉が勢いよく開いた。
「ごめん、待った!?」
聞き覚えのある声に、俺は思わず振り向いた。
跳ねるようなオレンジ色の髪を高い位置で結んだ少女が、息を弾ませて立っていた。目が合った瞬間、その顔がぱっと明るくなる。
「……アキ!?」
「プリストラ!?」
俺たちはほとんど同時に叫んでいた。
次の瞬間には、プリストラが駆け寄ってくる。
「やっぱりアキだ! うそ、ほんとに!? なんでここにいるの!?」
「それはこっちの台詞だよ! 旅に出たって聞いてなかったぞ」
「出たもん、最近! えへへ、偶然ってすごいね!」
懐かしさで、一気に肩の力が抜けた。
プリストラは同じ村の出身だ。子どもの頃から一緒に遊んでいたし、木登りも川遊びも、誰かに怒られるようなことは大体一緒にやった。
昔から元気で、よく笑うやつだった。
今もその印象は変わらない。腰には短刀が二本。旅装も軽くて動きやすそうで、いかにも彼女らしい。
「知り合いだったんだ」
ソラが少し嬉しそうに言う。
「はい、幼なじみです」
「それならなおさら安心ですね」
プリストラは俺の横にぴたりと並んで、にこにこしたまま他のみんなを見た。
「改めて、プリストラです! 近接もできるし、細かい立ち回りも得意だよ!」
「よろしく、プリストラさん」
ソラが微笑み、リーフデが丁寧に一礼する。ベゼッセンだけは少し目を細めて、面白そうに俺たちを見比べていた。
「幼なじみ、ねえ」
「何だよ、その言い方」
「いや、別に。仲が良さそうだなって思っただけ」
からかわれているのかどうか分からない。
でもプリストラは気にした様子もなく、むしろ楽しそうだった。
全員が揃ったところで、依頼内容の確認が始まる。
今回は五日ほどかけて街道沿いのいくつかの拠点を巡り、小規模な護衛や討伐補助をこなしながら、最近増えている獣や盗賊崩れへの備えを固めるらしい。斡旋所側としては、新人を混ぜた連携の確認も兼ねているそうだ。
「つまり、お試しみたいなものか」
俺が言うと、ベゼッセンが肩をすくめた。
「そういうこと。ま、互いの腕を見るにはちょうどいいでしょ」
「私は、皆さんと仲良くなれる旅になれば嬉しいです」
ソラの言葉に、リーフデが強く頷く。
「ソラ様のお力になれるよう、私も全力を尽くします」
「リーフデは少し力みすぎですわ」
「申し訳ありません……!」
叱られたわけでもないのに、リーフデは本気で反省した顔になった。
その様子が少しおかしくて、俺とプリストラは顔を見合わせて笑う。
「いい人そうだな、みんな」
俺が小さく言うと、プリストラはすぐに頷いた。
「うん。たぶん、楽しくなるよ」
その一言に、胸の奥が少しだけ温かくなった。
旅に出てから、ひとりでいる時間が長かった。
それはそれで気楽だったし、必要な時間でもあったと思う。けれど、誰かと並んで歩く旅には、また別の楽しさがある。
剣士の俺。
短刀使いのプリストラ。
細剣を持つ令嬢ソラ。
その従者であるリーフデ。
観察眼の鋭い魔術師ベゼッセン。
こうして並べてみると、ずいぶん賑やかな顔ぶれだ。
「では、出発しましょうか」
ソラがそう言って、小さく裾を整える。
ただそれだけの動作なのに妙に絵になるから、不思議な人だと思った。
裏庭を出て、俺たちは町の表通りへ出る。
朝の光の中を、五人で並んで歩き出す。
まだ互いのことを何も知らない。
好きな食べ物も、得意なことも、怒るとどうなるかも知らない。戦い方だって、きっと表から見えるだけじゃないだろう。
それでも、今この瞬間だけは、はっきり思えた。
ああ、これが冒険なんだ、と。
ひとりでは出会えなかった相手と出会って、同じ道を進んでいく。
旅っていうのは、きっとこういうところから面白くなる。
隣でプリストラが嬉しそうに身を乗り出した。
「ねえアキ、道中いろいろ話そ! 旅に出てから何してたとか!」
「いいけど、まずはちゃんと依頼をこなしてからな」
「真面目だなあ」
「お前が気楽すぎるんだよ」
そんなやり取りに、ソラがくすりと笑う。
ベゼッセンは何も言わずにその様子を見ていて、リーフデは周囲を警戒しながらも、どこか誇らしげにソラの半歩後ろを歩いていた。
晴れた空の下、街道はまっすぐ続いている。
その先でどんな出来事が待っているのか、このときの俺はまだ知らない。
ただ、新しい仲間と歩く道が少し楽しみで、胸が高鳴っていた。
そんな、ごく普通の始まりだった。




