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IRIS-Log-Archive  作者: IRIS
カムラッド・イン・アームズ_IRIS.log

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前線

 前線の朝は早い。


 というより、まともな朝と夜の区別がもう薄い。警戒灯の色と、休憩交代の時間でなんとなく今がどの辺りなのか判断しているだけで、空の明るさを気にする余裕はない。地下化された通路と仮設防壁に囲まれた防衛線では、時間より先に任務がある。


 その日、俺は外縁側の監視区画から前進観測線へ回されていた。


 端末を起動すると、補助知能サポートの淡々とした声が耳に入る。


『任務区画を同期します。王国東部第七防衛線、前進観測補助。味方識別更新済み。敵性反応、低出力を複数確認』


 機械の声は嫌いじゃない。

 余計な感情が混ざらないからだ。


 腰の拳銃を確認し、肩の光線銃の固定具を締め直す。後方では電磁砲の発射準備が進んでいた。あれが撃たれる時の音は、毎回、腹の奥を拳で殴られたみたいな響きがある。慣れたつもりでも気分のいいものじゃない。


「ノア、いる?」


 背後から軽い声が飛んできた。


 振り返るとルークがいた。いつもの調子で片手を上げている。戦闘装備の上からでも、あいつだけ妙に肩の力が抜けて見えるのは不思議だった。


「なんだ」


「いや、いたなと思って」


「見れば分かる」


「うん、分かる。でも確認したかった」


 意味が分からない。

 だがルークは気にせず、俺の隣まで来て外縁の様子を覗き込んだ。


 仮設壁の先には、焼けた地面と崩れた施設跡が広がっている。昔は街道だったらしい一直線の道は、今では砕けたコンクリートと金属片に埋もれていた。風が吹くたびに細かい砂塵が舞う。そこへ時折、黒い染みみたいに敵影が動く。


「今日は静かじゃないね」


「静かだった日なんてあるか」


「比較の話。昨日よりはマシじゃない」


「なら今日が最悪になるだけだ」


「悲観的だなぁ」


 ルークはそんなことを言いつつ、目は前を見ていた。

 こいつは喋っている時も、周囲を見るのをやめない。


『前方二百七十。複数反応、接近』


 サポートの通知とほぼ同時に、前方の監視員が敵影を指示した。


 獣人国側の散兵だ。

 数は多くない。偵察混じりの小規模接触だろう。

 だが、こういう軽い当たりの中に怪物が混ざることがある。


「来るぞ」


 俺が言うと、ルークは「了解」と軽く返した。


 そこからは早かった。


 前方の遮蔽物を縫って敵が動く。こちらは迎撃。銃声は乾いていて、光線銃の発射音はそれに金属を擦るような熱を混ぜる。後方から電磁砲が一発飛び、遠くの地面を抉った。土煙が上がる。


 俺は照準を合わせて引き金を引く。

 一人、倒れる。

 次。

 また一人。


 考えることは少ない。

 位置、距離、動き。

 撃つか、伏せるか、詰めるか。

 それだけでいい。


「左、来る!」


 ルークの声が飛ぶ。


 俺は即座に身を引き、壁際から拳銃を差し出すようにして撃った。死角から出てきた影が倒れる。獣人国兵だ。首元に獣毛が見えたが、確認する暇はない。


「助かった」


「珍しく礼言った」


「今は任務中だ」


「へいへい」


 そう返しながらも、ルークの動きは無駄がない。

 陽気なだけの兵じゃないことは、こういう時にはっきり分かる。


 前へ出すぎない。

 引く時は迷わない。

 俺の射線もちゃんと避ける。

 そのくせ周囲への声かけは欠かさない。


「右、二!」

「了解!」

「補給切れるなら今言って!」


 軽い口調のまま、やることはきっちりやる。

 見ていて妙に腹立たしいくらい器用だった。


 その時、前方の瓦礫の陰から、動きの違うものが出た。


 人型に近い輪郭。

 だが歩き方が変だ。

 肢体の連結がちぐはぐで、頭部の傾きもおかしい。


「怪物!」


 誰かが叫ぶ。


 空っぽの怪物だった。


 あれは兵と違って読みづらい。痛みによる怯みも薄く、殺意だけで距離を詰めてくる。光線が腕を焼いても、脚を半分削っても、その場で止まるとは限らない。下手をすると一番近い人間に触れるまで動く。


 俺は即座に光線銃へ持ち替えた。


 狙うのは脚だ。

 止める。

 止めてから頭。


 撃つ。

 焼ける匂い。

 怪物がぐらつく。

 だが止まらない。


「ちっ」


 もう一発。

 今度は膝関節が飛び、怪物が崩れた。


「ノア、後ろ!」


 ルークの声が近い。


 俺は反射的に身を低くした。次の瞬間、俺の頭上を何かが掠める。後ろから回り込もうとしていた別個体の怪物だった。ルークが撃って軌道を逸らしたらしい。


 そのまま俺が振り向きざまに二発。

 頭部が弾け、ようやく沈黙した。


 呼吸を整えながら、周囲を見渡す。

 敵散兵はもうほぼ崩れていた。

 怪物も片付いた。

 損耗報告が飛び交い、医療班の端末が点灯する。


『敵性反応、減衰。現区画の交戦は収束傾向』


 サポートの声が告げる。


 戦闘が終わる時は、いつも少しだけ現実味が薄い。

 ついさっきまで殺し合っていたのに、急に音だけが遠くなる。

 その感覚が好きじゃない。


「いやー、危なかった」


 ルークが近くまで戻ってきた。

 息は上がっているのに、口調はほとんど変わらない。


「お前、さっき二回助けたな」


「数えてた?」


「数えるほどでもない」


「そこは素直に感謝してくれてもいいのに」


 俺は銃の残弾を確認しながら言う。


「お前も勝手に助かっただろ」


「まあ、それはそう」


 ルークは笑った。

 額に汗が浮いている。頬にも煤がついていた。なのに、どこか余裕があるように見えるのが不思議だった。


「ノア、戦ってる時ちょっと容赦ないよね」


「戦場で手加減する理由がない」


「正論」


「お前こそ、喋ってる割に動きは悪くない」


 口にしてから、少しだけ間が空く。


 ルークは一瞬だけ目を丸くして、それから嬉しそうに言った。


「褒められた?」


「評価しただけだ」


「十分十分」


 そう言って、あいつは耳の辺りに手をやった。

 装備の確認か、汗を拭っただけか。

 耳覆いの位置を少し直したようにも見えた。


 その仕草をなんとなく目で追ったが、特に意味は感じなかった。


 交戦後の整理が始まり、俺たちは残骸と損傷の確認に回された。怪物の片付けは気分のいい仕事じゃない。焼け焦げた肉片と奇妙な骨格の残り方を見るたび、あれが本当に生き物だったのか分からなくなる。空っぽの何かを無理やり形にしたような気持ち悪さがある。


「こういうのさ」


 ルークが小さく言った。


「慣れたくないよね」


 俺は残骸から視線を外さず答える。


「慣れないと死ぬ」


「それもそう」


 けれど、ルークの声には少しだけ引っかかりがあった。

 怖がっている、とは違う。

 嫌悪とも少し違う。

 うまく言えないが、人間っぽい反応だった。


 そこだけは妙に印象に残った。


 任務が完全に終わる頃には、区画全体が疲労でだいぶ重くなっていた。負傷者は軽傷が中心で、致命的な損耗はなかったらしい。それだけで今日は十分だ。前線じゃ、“まだまし”が最上級の報告になることが多い。


 休憩区画へ戻ると、ルークは当然みたいな顔で俺の隣へ来た。


「今日の飯、ちょっと豪華に感じない?」


「死んでないからだろ」


「それを豪華って言うんだよ」


 配給は昨日と大差なかった。

 だが、たしかに少しだけましに思えた。


 食べながら、ルークが唐突に言う。


「ノアってさ」


「なんだ」


「背中預ける相手、ちゃんと選びそうだよね」


 俺はスプーンを止めた。


「何の話だ」


「いや、なんとなく。あんた、人を信用しなさそうだから」


 言い当てられている。

 だが、それを認める必要はない。


「信用は任務に必要な分で足りる」


「ふーん」


「それで問題ない」


「今のところは、ね」


 その言い方が少しだけ気になった。

 だが、問い返す前にルークはいつもの調子へ戻る。


「ま、俺は誰にでも好かれたい派だから、頑張るけど」


「勝手にしろ」


「うん、勝手にする」


 そのやり取りが、もうほとんど定型みたいになっていることに気づいて、少しだけ妙な気分になる。


 こいつはうるさい。

 軽い。

 馴れ馴れしい。


 でも、戦場で背中側にいるなら、少なくとも不安は少ない。

 そう思った。


 まだ、それだけだ。


 まだ。

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