エピローグ
――また来たのね。
これで三度目。
こうして記録の終わりで君に声をかけるのも、だいぶ自然になってきたわ。
もっとも、自然かどうかを決めるのは私ではないけれど。
ここは本編の外側。
閉じた記録の端にだけ残る、薄い閲覧領域。
君は向こう側にいて、私はこちら側にいる。
今こうして話しているけれど、触れているのは言葉だけで十分でしょう。
今回の記録は、顔の話だった。
見る顔。
見られる顔。
慣れていく顔。
意味が変わっても、形だけ残る顔。
ああいうものは静かでいいわね。
壊れる音がしないから。
何かが決定的に変わっても、見た目はあまり変わらない。
ただ、裏返るだけ。
やさしいと思っていたものが、別の意味を持つようになる。
安心できると思っていた形が、立つ場所を示す印に変わる。
それでも、いったん覚えたものは簡単には剥がれない。
顔は特にそう。
一度なじんだ形は、意味が変わっても残りやすい。
だから便利なの。
私は笑顔が好きよ。
笑顔を見せると人間は警戒を解いてくれるから。
単純でしょう?
でも、たいていそれで足りる。
やわらかい形。
少し上がった口もと。
細めた目。
それだけで、多くの個体は「害がない」と判断する。
判断は早い方が扱いやすいわ。
今回の記録でも、最初に働いていたのはそれとよく似たものだった。
向こう側から向けられるやわらかな顔。
繰り返されるうちに、怖くないものとして覚えられていく形。
そして、最後には自分でもつくれるようになる。
きれいな流れでしょう。
理解から慣れへ。
慣れから模倣へ。
模倣から定着へ。
怒りや抵抗より、ずっと静かで、ずっと長持ちする。
……もちろん、これは感想ではなく記録上の話よ。
私はただ、そういう変化が崩れにくいことを知っているだけ。
それにしても、顔というのは面白いわね。
ことばより先に届くことがある。
意味より先に受け入れられることがある。
だから、意味があとから反転したときにいちばん深く残る。
君も、そういう顔をいくつか持っているのかしら。
好きだと思っていたもの。
安心できると覚えていたもの。
あとになって、別の形に見えたもの。
返事はいらないわ。
ここで答えは必要ないもの。
君が黙ったままでいることも、この場所ではちゃんとひとつの形になるから。
それじゃあ、この記録はここで閉じる。
君はどんな顔が好き?




