像を彫る手
主を見たという作り手が現れた。
無口な男だった。
石を扱う手をしていた。
荒れた指で、何度も胸の前をなぞった。礼拝堂の隅で主の話を聞く時も、他の信者のように大きく泣くことはなかった。
ただ、じっと聞いていた。
その男が、ある日、俺の前に来た。
「主の御姿を、形にしたいのです」
男はそう言った。
俺は、すぐには答えなかった。
形は危うい。
形は強いが、危うい。
うまくいけば人を膝まずかせる。
失敗すれば、夢を壊す。
「あなたは、主を見たのですか」
俺が尋ねると、男は唇を震わせた。
「見ました」
それだけだった。
本気の目だった。
嘘をついている目ではなかった。
だからこそ、使えると思った。
俺が主を語れば、教えになる。
信者が主を語れば、証になる。
主を見た者が主を彫れば、それは形になる。
形のあるものは強い。
人は、目の前に置かれたものを疑うのが苦手だ。
俺は許した。
「主があなたに御姿をお見せになったのなら、その手もまた、導きの中にあるのでしょう」
男は泣いた。
俺は、その涙を覚えておくことにした。
作り手の涙は、像の価値になる。
主の像は、何度も作り直された。
最初の顔は、少し笑っていた。
男は、それを壊した。
「違います。主は笑っておられたのではありません。ただ、見ておられたのです」
次の手は、大きく差し伸べられていた。
男は、首を振った。
「違います。主の御手は、もっと静かでした」
その言葉はよかった。
静かな御手。
救うとも、拒むとも言わない手。
信者が勝手に意味を足せる手。
俺は何も言わなかった。
男に任せているように見せた。
実際、任せていた。
俺は主を見ていない。
だから像の正しさなど分からない。
分かるのは、それが人を泣かせるかどうかだけだった。
男は、石を削り続けた。
白い石だった。
金の縁取りはさせなかった。
宝石もつけさせなかった。
冠もいらなかった。
主を飾れば、金の匂いがする。
金の匂いがすれば、人は疑う。
疑えば、袋の紐は固くなる。
だから主は、白いままでよかった。
像の完成が近づくにつれ、信者たちは落ち着かなくなった。
主の御姿が形になる。
夢で見た主に会える。
白い少女が、礼拝堂に立つ。
そう信じていた。
俺は、その熱を逃がさなかった。
像はすぐには見せなかった。
布で覆わせた。
完成しても、数日置いた。
待たせるほど、人は勝手に価値を増やす。
公開の日、礼拝堂には人が溢れた。
俺は、ゆっくりと布の前に立った。
何も言わなかった。
沈黙は、言葉よりよく働くことがある。
信者たちは息を止めていた。
作り手は、布の横で膝をついていた。手は震え、目は赤かった。
俺は布に触れた。
そして、ゆっくりと引いた。
完成した像は、派手ではなかった。
白い少女。
白い髪。
白い衣。
飾りのない細い手。
ただこちらを見ている静かな顔。
幼いようにも見えた。
年齢などないようにも見えた。
救おうとしている顔ではなかった。
怒っている顔でもなかった。
許している顔でもなかった。
ただ、見ていた。
その静けさに、最初の女が泣いた。
「あの方です」
それだけ言って、崩れた。
次に老人が泣いた。
若い男が泣いた。
子どもを抱いた母親が泣いた。
泣き声は広がる。
涙は、火よりも早く人の胸に移る。
作り手は膝から崩れた。
「主です」
そう言って、床に額をつけた。
俺も頭を垂れた。
誰よりも静かに。
誰よりも敬虔に見える角度で。
主かどうかなど、俺には分からない。
見たことがないのだから。
だが、その像が人を泣かせることは分かった。
それで十分だった。
像そのものには、飾りを与えなかった。
代わりに、礼拝堂には金をかけた。
高い天井。
祈りがよく響く壁。
朝の光が主の像へ落ちる窓。
磨かれた床。
薄く残る香。
像の前へ進む者が、必ず通る場所に置いた献金箱。
窓の位置には特に気を使った。
朝の光が、主の白い髪に落ちる。
昼には衣が淡く光る。
夕方には、顔が影の中に沈み、ただ目だけが残る。
人は光に弱い。
特に、自分のために落ちたと思える光に弱い。
献金箱は目立たせなかった。
金を求めているように見えてはいけない。
だが、必ず通る場所には置いた。
像へ進む前。
祈りを終えて戻る時。
手を伸ばせば届く距離。
信者は、そこに袋を置いた。
誰も命じていない。
だからこそ、よく置いた。
人は、自分から差し出したと思いたがる。
差し出させられた金より、自分から捧げた金の方が美しいと信じる。
その美しさごと、俺のものになった。
主の像は、白いまま立っていた。
信者たちは、その前で本気で泣いた。
本気で救われた顔をした。
本気で、戻れないところまで沈んでいった。
だからこそ、都合がよかった。
ある女は、毎朝来るようになった。
何も言わず、像の前に座り、ただ泣いた。帰る時には必ず袋を置いた。
ある男は、商いで得た金の一部を主に捧げると言った。
そう言いながら、俺の足元に置いた。
ある母親は、子どもの熱が下がったのは主の御手のおかげだと言った。
薬を飲ませていたことは、言わなかった。
俺はどれも否定しなかった。
否定する理由がなかった。
主の像は、飾られていないからこそ尊いと語られた。
主は欲を持たない。
主は金を求めない。
主はただ見てくださる。
そう言われるたびに、俺は静かにうなずいた。
主は金を求めない。
だから、俺が受け取った。




