動物
朝のうちに来る動物と、昼すぎに来る動物は少し違う。
朝は、まだ空気が薄いせいか、皆どこか静かだ。
歩く速さもそろっていないし、目もまだよく覚めていないように見える。
けれど昼が近づくと、向こうは急に賑やかになる。
声が増え、足音が増え、色も増える。
それまでばらばらだったものが、急にたくさん現れるのだ。
私はそれを見るのが好きだった。
向こうの動物たちは、皆それぞれ違う。
見ていると、なんとなく分かれてくる。
まず、小さいもの。
これは落ち着きがない。
あちらへ寄って、こちらへ寄って、すぐ何かを指さす。
声も高く、ふいに大きくなる。
見たいものがあると、体じゅうでそちらへ向かおうとする。
ときどき向こう側の大きいものに引き戻されて、それでもまだこちらを見ている。
小さいものは、よく目が合う。
そして、目が合うと嬉しそうにする。
口を開いたり、跳ねたり、向こうの大きいものを引っ張ったり。
あれはきっと、何かを見つけたときの動きなのだろう。
私はそういう小さいものが嫌いではない。
うるさいこともあるけれど、正直だからだ。
見たいなら見たい顔をするし、怖いなら怖い顔をする。
隠そうとしない。
次に、大きいもの。
これはたいてい二本でゆっくり歩く。
歩き方は落ち着いていて、小さいものよりもこちらをじっと見ることが多い。
小さいものを連れているものもいれば、ひとりで来るものもいる。
ひとりで来るものは、あまり騒がない。
ただ見て、少し顔を変えて、また歩いていく。
その中でも、よく鳴くものと鳴かないものがいる。
鳴かないものの方が私は好きだった。
静かなものは、顔がよく見えるからだ。
それから、群れるもの。
同じ色を身につけたものたちが、まとまって現れることがある。
あれは不思議だ。
背丈も近く、歩く速さも似ていて、ひとつの塊みたいに動く。
皆で同じ方を見て、皆で同じように笑い、皆で急にいなくなる。
群れには群れの形があるのだろう。
ああいう群れは、ひとつひとつを見分けるのが難しい。
でも、見分けにくいからこそ面白いこともある。
同じように見えても、ひとつだけ途中で立ち止まるものがいたり、こちらを長く見つめるものがいたりするからだ。
向こうの動物たちは、皆、何かを身につけている。
体の一部みたいに見えるときもあるけれど、そうではないことも分かる。
色の重なり方が不自然だからだ。
青いものの上に黒いもの、その下に白いもの。
やわらかそうなもの。
ぴったり張りついて見えるもの。
ひらひら動くもの。
それらが季節によって少し変わる。
寒い日は多くなる。
暑い日は薄くなる。
雨の日には、さらに上から別のものをかぶっていることもある。
私はそれを見るたび、不思議な生きものだと思う。
向こうの動物は、体をそのままではいられないのかもしれない。
ときどき、体の一部だけ光るものもいる。
目の近くが光るもの。
耳のあたりに何かをくっつけているもの。
手の中に小さな板を持っていて、それをじっと見ながら歩くもの。
あの小さな板には、何か面白いものでも映っているのだろうか。
私を見に来たはずなのに、それよりそちらの方が大事そうな顔をしているものもいる。
そういうものを見ると、少しだけ可笑しい。
せっかく来たのに、こちらを見ないのだ。
では何をしに来たのだろう、と考える。
でも、しばらくすると急に顔を上げて、今度は驚いたようにこちらを見ることもある。
だから、やっぱり油断しているだけなのかもしれない。
昼に近づくと、向こうの道はにぎやかになる。
いろいろな匂いも混ざってくる。
甘い匂い。
あたたかい匂い。
少し焦げたような匂い。
向こうの動物たちは、ときどき手に何かを持っている。
丸いもの、長いもの、紙のようなものに包まれたもの。
それを口へ運びながら歩く。
食べながらでも、こちらを見ていくことがある。
私はそれを見ていると、自分も少しお腹がすいてくる。
決まった時間になると、奥の方から食べるものが来る。
いつも同じではないけれど、だいたい慣れた匂いだ。
それを食べながら向こうを見る日もある。
向こうの動物たちは、自分たちも食べながら、こちらが食べているところも見る。
ああいうところは、少し変わっている。
見るのが好きな生きものなのだろう。
たぶん、私もそうだから、少しだけ親しいのかもしれない。
中には、こちらに向かって手を振るものもいる。
よく分からないしぐさだ。
追い払うのとも違う。
呼ぶのとも違う。
でも敵意はなさそうなので、私はただ見返す。
そうすると向こうは満足したように去っていく。
あれも、向こう側の挨拶のひとつなのかもしれない。
昼の光が高くなると、透明な硬いものに向こうの姿が薄く映る。
色だけが動いて見えて、輪郭は少し曖昧になる。
その揺れの中で見ると、向こうの動物たちはいつもよりやわらかく見えた。
私は向こうの顔を見るのが好きだ。
同じ種類に見えても、目つきも、口の形も、ずいぶん違う。
すぐに歯を見せるものもいれば、ほとんど口を開かないものもいる。
目が丸いもの。
細いもの。
まっすぐこちらを見てくるもの。
すぐ逸らすもの。
その違いが、なんとなく面白い。
たとえば、小さいものは、興奮するとすぐ口が大きく開く。
大きいものは、口を閉じたまま目だけで見ることが多い。
群れるものの中には、周りと同じ顔をしようとするものもいる。
隣のものが口を開くと、自分も同じように開く。
そういうところを見ると、向こうにも向こうの習い方があるのだと分かる。
私は、そういうものを一日じゅう眺めていても飽きない。
昔からここにいて、昔から向こうを見ていた気がする。
どれくらい前からなのかは分からない。
でも、向こうの動物たちはいつもいた。
数は日によって違うし、よく来るものもいれば、二度と見ないものもいる。
それでも、向こう側にはいつも何かが動いている。
そして私は、それを見に来ている。
そう思うと、毎日の形が分かりやすくなる。
朝が来て、光が落ちて、向こうに動物たちが現れて、私はそれを眺める。
気に入った顔を見つけたり、面白いしぐさを見つけたりしながら、一日が過ぎる。
それだけで十分だった。
けれど、その日、昼のはじめごろに来たひとつの影だけは、少し違って見えた。
大きくも小さくもない。
足音が静かで、群れてもいない。
向こうの道をゆっくり歩いてきて、途中で立ち止まり、そのまま長くこちらを見ていた。
私も見返した。
その動物は、口をほとんど開かなかった。
ただ、目だけが静かにこちらに向いていた。
ほかのもののように騒がない。
手も大きく動かさない。
ただそこにいて、こちらを見る。
少し変わっている、と思った。
でも嫌ではなかった。
むしろ、静かなものは見やすい。
その影はしばらくして去っていった。
けれど、どういうわけか、あとに少しだけ残る感じがした。
音のしない波が通り過ぎたみたいに、空気だけが薄く揺れた気がしたのだ。
私はしばらく、そちらを見ていた。
もういないのに、目だけが向こうへ残っている。
そしてふと思う。
向こうの動物たちは、皆、こちらを見に来ているのだろうか。
それとも、ただ通りすがりに見ているだけなのだろうか。
どちらでもよかった。
見てくれるなら、それでよかった。
私はまた前に座り直し、次に来る動物を待った。
昼の光は明るく、向こうの影は途切れない。
見ているうちに、私は少しずつ、そのにぎやかさの方へ心を向けていった。




