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IRIS-Log-Archive  作者: IRIS
秘密の日記帳_IRIS.log

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生きていた字

最初のページには、日付が書いてあった。


その下に、丸い字が並んでいた。


あいつの字だった。


見た瞬間、息が止まった。


綺麗な字ではない。

少し癖が強くて、ところどころ大きさが揃っていない。

急いで書いた日は、最後の方が雑になる。


でも、それは間違いなく、あいつの字だった。


夢の中の声より、ずっと生々しかった。


最初の方の日記は、どうでもいいことばかりだった。


給食のプリンが小さかった、とか。

先生の話が長かった、とか。

雨で靴下が濡れて最悪だった、とか。


僕のことも書いてあった。


今日、あいつがまた変なこと言ってた。

本人は面白いと思ってるっぽい。

正直、微妙。

でも笑ったら喜んでたから、まあいいか。


僕は、少しだけ笑ってしまった。


なんだよ、それ。


夢の中のあいつは、僕の話を何でも笑ってくれた。


でも、日記の中のあいつは違った。


微妙、と書いていた。

まあいいか、と書いていた。


その感じが、妙にあいつだった。


ページをめくる。


公園のことが出てきた。


昔の約束のことも。


あいつ、まだ覚えてるのかな。

忘れてたら本気で怒る。

でも、覚えてたら覚えてたで、ちょっと困る。

いや、困らない。

困るけど、困らない。

意味わかんない。


その文章を読んで、僕はしばらく手を止めた。


あいつも覚えていた。


僕だけじゃなかった。


でも、夢の中みたいに、ただ「当たり前でしょ」と笑っていたわけじゃない。


困る。

困らない。

意味わかんない。


そのぐらぐらした言葉が、胸に刺さった。


僕の知らないあいつがいた。


いや、知らなかったわけじゃないのかもしれない。


僕が見ようとしていなかっただけなのかもしれない。


日記の中のあいつは、よく怒っていた。


僕が見舞いに行く時間を間違えた日。


遅い。

ばか。

来るなら来るって言った時間に来て。

でも来たから許す。

許してないけど。


僕は、その行を何度も読んだ。


遅い。

ばか。


夢の中で聞きたかった言葉が、そこにあった。


夢のあいつは、優しく「遅いよ」と言った。


でも、本当のあいつは、やっぱり「ばか」と書いていた。


泣きそうになった。


嬉しいのか、苦しいのか、分からなかった。


病院のことが増えていく。


検査が嫌だったこと。

薬の味が嫌だったこと。

看護師さんに子ども扱いされて腹が立ったこと。

親に心配されるのがしんどかったこと。


そして、ときどき僕のこと。


今日、あいつが来た。

変な顔してた。

私より病人みたいな顔してた。

やめてほしい。

こっちまで泣きそうになる。


次のページ。


本当は来てほしい。

でも来てほしくない。

弱ってるところ見られたくない。

でも来ないと寂しい。

めんどくさい。

私が。


僕は読みながら、何度も息を止めた。


知らなかった。


あいつがそんなふうに思っていたなんて、知らなかった。


僕は、病室で何度も笑おうとした。

あいつを不安にさせないように。

大丈夫だと思わせるように。


でも、それは伝わっていた。


伝わってしまっていた。


ちゃんと笑えていないことも。

泣きそうな顔をしていたことも。


全部。


ページを進めるにつれて、日記の字は少しずつ変わっていった。


最初の頃より、文字が細くなっていた。

行が曲がる日が増えた。

途中で文が切れている日もあった。


今日は疲れた。

書くのむり。


そんな一行だけの日があった。


何も書いていない日もあった。


次のページには、少し大きな字で書かれていた。


死ぬのかな。


僕は、そこで手が止まった。


その一行だけが、白いページの真ん中に置かれていた。


答えは書いていなかった。


次の日には、いつもの調子に戻そうとしたみたいな文章があった。


あいつが来た。

変な話した。

たぶん私を笑わせようとしてた。

下手。

でもちょっと笑った。

悔しい。


その「悔しい」の横に、小さな丸がいくつもついていた。


笑いながら書いたのかもしれない。

泣きながら書いたのかもしれない。


僕には分からなかった。


分からないまま、読んだ。


病室で結婚の約束の話をした日のページがあった。


今日、言った。

まだ有効だからって。

あいつ、何も言わなかった。

ばか。

何か言え。

いや、言われたら困ったかも。

でも、何も言わないのも困る。

本当にばか。


喉が詰まった。


僕は、何も言えなかった日のことを思い出した。


あいつは冗談みたいに笑っていた。


でも、日記の中では怒っていた。


困っていた。


僕が黙っていたことを、ちゃんと見ていた。


夢の中のあいつは、「怒ってないよ」と言った。


日記の中のあいつは、


ばか。


と書いていた。


その方が、ずっとあいつだった。


僕は、顔を伏せた。


ページの匂いがした。


少し古い紙の匂い。

インクの匂い。

病院の匂いが残っている気がした。


本当に残っているのか、僕が勝手にそう思っただけなのかは分からない。


でも、その日記帳は、たしかにあいつが触っていたものだった。


夢のあいつは、僕の見たい姿で笑っていた。


でも、ここにいるあいつは違った。


怒っていた。

怖がっていた。

寂しがっていた。

僕に会いたがっていた。

僕に会いたくないとも思っていた。

僕を好きでいてくれたのかもしれない。

僕を嫌いだった瞬間もあるのかもしれない。


どれも、夢よりずっと痛かった。


痛いのに、目が離せなかった。


ページをめくる。


そこから先は、文字がさらに乱れていった。


日付だけの日。


天気だけの日。


途中で止まった文。


書きかけのまま、線を引いて消された言葉。


そして、あるページの端に、小さく書かれていた。


嫌い。


僕は、そこで手を止めた。


誰が。


何を。


その言葉は、余白にぽつんと置かれていた。


本文とは離れた場所に、隠すみたいに。


僕はしばらくその二文字を見ていた。


意味は分からなかった。


分からないのに、目が離せなかった。


次のページをめくる。


そこにも、あった。


嫌い。


さっきより少し強い筆圧だった。


僕は、喉の奥で息を飲んだ。

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