雨
昼過ぎから、雨が降り出した。
細かい雨だった。
傘を差さなくても歩けるが、差さないと服に残る。
そういう雨が一番よくない。
建物に入る前、俺は靴底の水を落とした。
エントランスの床には、すでにいくつか濡れた跡があった。
古いマンションだった。
集合ポストには、剥がれかけた名前が並んでいる。
階段の手すりは冷たく、少し錆びていた。
指定された部屋は三階だった。
廊下には、雨の匂いが溜まっていた。
どこかの部屋から、煮物の匂いがした。
子供の笑い声は聞こえなかった。
俺は部屋番号を確認した。
呼吸を整える。
ここから先は、いつも同じだった。
扉。
間。
確認。
侵入。
対象。
終了。
余計なことを考えない。
部屋の中には、子供のいる気配があった。
玄関に小さな靴がある。
壁に、クレヨンの絵が貼ってある。
テレビの横に、折り紙で作った花が置いてある。
絵の端に、子供の字があった。
サナ
俺は一瞬だけ、それを見た。
サナ。
朝、ミオが言っていた名前だった。
けれど、同じ名前の子供はどこにでもいる。
それに、俺はミオの友達の家を知らない。
苗字も知らない。
住所も知らない。
仕事に必要なことではなかった。
部屋の奥で、物音がした。
俺は視線を戻した。
考えるのは、終わってからでいい。
終わってから考えても変わらないことは、考えなくていい。
仕事は始まっていた。
始まったものは、終わらせる。




