表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
IRIS-Log-Archive  作者: IRIS
名探偵シャークの事件簿_IRIS.log

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

242/258

平和な日常

事務所へ戻るころには、空気はさらに冷えていた。


私はコートを脱ぎ、帽子を卓上へ置き、いつもの椅子に腰を下ろした。ポットの湯はまだ使える。こういう時のために、私は保温という文明の知恵を信頼している。


カップへ紅茶を注ぐと、琥珀色が柔らかく揺れた。

事件の後の一杯は良い。世界の乱れがひとまず片付いたことを、舌で確認できるからだ。


向かいに座ったワットソン君が、長く息を吐く。


「しかし、あなたの推理は相変わらず妙ですね」


「どのあたりが」


「途中までは、ずいぶん大きな陰謀に見せるでしょう」


「実際、陰謀は大きく見るべきです」


「今回は陰謀ですらありませんでしたが」


「俗な趣味もまた、個人の内側における陰謀です」


「便利な言い回しですねえ」


私はカップを持ち上げた。


「ですが、見たでしょう。私は犯人像を見抜いていた」


「ええ、まあ。『高尚ぶる俗物』という意味では、たしかに」


「その通りです」


「ただ、私は途中で何度か、もっと単純な話ではないかと思ったんですよ」


「単純な話ほど、人は複雑に見たがるものです」


「あなたが言うと妙にややこしいですね」


私は微笑した。

ワットソン君は私を過小評価しがちだが、実際のところ、私はかなり当てている。事件の核を掴む力については、自負がある。


もっとも、細部が多少派手になることは否定しない。


窓の外は、すでに夜明け前の静けさへ傾きつつあった。

こうして一件が終わるたび、私は思う。都市は騒がしい。醜い。くだらない。だが観察には飽きない。


人間は高価な宝石のためではなく、レース一枚のためにも罪を犯す。

そういうものだ。

そういうものだから、面白い。


その時、通りの向こうで、女の悲鳴が上がった。


続けて、何人もの足音。怒鳴り声。何か重いものが倒れる音。まだ夜の薄闇が残る街路の向こうで、突然、騒ぎが膨らんでいく。


「何でしょう」


ワットソン君が立ち上がり、窓へ寄る。


次の瞬間、はっきりとした声が通りを裂いた。


「強盗だ!!」


さらに別の誰かが叫ぶ。

戸を閉める音。駆ける音。犬まで吠え始めた。


ワットソン君が振り返る。


「シャーク! 今のは――」


私は紅茶をひとくち飲んだ。

香りは悪くない。温度もちょうどいい。


そして、窓の外を見ることもなく、静かに言った。


「今日も平和だ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ