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IRIS-Log-Archive  作者: IRIS
無人島漂流記_IRIS.log

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233/258

手順

一匹釣れて、それで全部が楽になったわけじゃない。


そんなのは、次の日には嫌でも分かった。


朝起きて、昨日の残りみたいな希望を少しだけ持って海へ行って、同じように棒を垂らしてみたけど、何も釣れなかった。餌だけ取られた気がして、引き上げた先は空っぽだった。もう一回やって、また空っぽだった。三回目でようやく小さいのが掛かったけど、岸まで寄せる途中で外れた。


思わず悪態が出た。


昨日のは奇跡だったのかもしれないと思うと、腹が立つより先に気が遠くなった。


けど、火の前でひと晩寝て、水を飲んで、腹に少しでも魚を入れた体は、最初の頃の俺よりはましだった。立ち直るのに必要な時間が、少しだけ短くなっていた。


駄目ならまたやるしかない。


結局、そこに戻る。


その日も木の実を拾って、貝を集めて、釣りをした。日が高くなってきたら水の様子を見て、できた分を容器に移して、また同じような装置をいじる。夕方になったら寝る場所の周りを少し片づけて、火を起こして、拾ったものを焼いて食う。


やってることは単純だった。


けど、単純なことを繰り返しているうちに、少しずつ分かってくることがあった。


木の実は、同じ木でも日によって落ちている数が違う。貝は、潮が引いている時の方が拾いやすい。魚は、何となくだけど朝と夕方の方が気配がある。水を作るやつは、置く場所で溜まり方が違う。風がよく当たるところは寝るには最悪だけど、乾かすにはましだった。


誰かに教わったわけじゃない。


ただ、やって、失敗して、昨日より少しましにする。その繰り返しだった。


気づけば、寝る場所も最初よりはずいぶん人間っぽくなっていた。大きめの枝を渡して、葉を重ねて、横からの風を少しでも避けられるようにする。結ぶのだけは、やっぱり考える前に手が動いた。現場で何度もやった結び方を、そのまま少しだけ雑にしたみたいな感じだった。


解けないように結ぶ。


それだけで、夜の安心感が少し変わる。


雨はまだちゃんと降っていなかったけど、もし降った時に全部ぐしゃぐしゃになるのは嫌だった。せっかく積んだものが、朝起きたら駄目になってるのはきつい。そう思うようになった時、自分でも少し変な気がした。


最初は今日を越えられるかどうかしか考えてなかったのに、今は明日の朝に残っててほしいものを考えている。


それがいいことなのか、悪いことなのかは分からなかった。


ただ、体がそう動いていた。


水を作るやつは、結局増やした。


ひとつじゃ足りない。だったら増やす。最初にそれを思いついた時、自分で自分に呆れた。そんな単純なこと、何で最初からやらなかったんだろうと思った。でも思いつかなかったものは仕方ない。今さら悔しがっても、水は増えない。


使えそうな透明なものや、容器になりそうなものを浜辺で探した。どこから流れ着いたのか知らない変な破片や、蓋みたいなものや、割れて使いにくい入れ物を組み合わせて、とにかく数を作った。見た目はひどい。たぶん人に見せたら笑われる。けど、水は前よりましに溜まるようになった。


朝に少し飲んで、昼に少し飲んで、夜の分もほんの少し残せる日が出てきた。


それだけで、頭の働きが違う気がした。


喉が限界の時は、何を見ても水のことしか考えられなかった。今はまだしんどいけど、別のことも考えられる。火の持ち方とか、魚を干す場所とか、明日どの辺りまで木の実を探しに行くかとか、そういう順番が頭に入ってくる。


ある日、釣れた魚をそのまま全部食わずに残してみた。


食わない、というよりは、食えなかった。腹は減ってたけど、無理して全部腹に入れるより、後で食える形にした方がいいんじゃないかと思った。開いて、火の近くで少し乾かしてみる。ちゃんとしたやり方なんて知らない。腐るかもしれないし、ただ固くなるだけかもしれない。それでも試した。


次の日、それはものすごくうまいわけではなかったけど、一応食えた。


しょっぱくもなく、柔らかくもなく、ただ魚の名残みたいな味がした。けど腹に入る。噛めば飲み込める。それで十分だった。


保存食って、こういうことかと思った。


大層なものじゃない。ただ、今日取ったものを今日全部食い切らなくてもいい、ってだけだ。それだけなのに、妙に気持ちが違った。


腹のためだけじゃなくて、明日のために手を動かしている感じがした。


その頃には、俺の一日にはだいたい順番ができていた。


朝起きて、水を見る。飲む。火を見る。消えていたら起こし直す。海へ行く。釣れる日は釣る。駄目なら貝を拾う。戻って木の実を仕分ける。水を移す。寝る場所を直す。火の前で食う。暗くなったら横になる。


毎日同じで、毎日少し違う。


最初はそれが地獄みたいだったのに、途中から、順番があることに少しだけ救われるようになった。


次に何をするか分かっていると、人は少し静かになれるらしい。


逆に、何もすることがない時間だけは、今でも駄目だった。


火を見ながらぼんやりしている時とか、波の音だけを聞いている時とか、そういう時に限って余計なことを考える。ここはどこなんだ、とか。何で俺なんだ、とか。昨日まで何してたっけ、とか。家に誰かいたっけ、とか。スマホがあったら何を最初に見ただろう、とか。


考えても仕方ないことばかりだった。


仕方ないと分かっていても、頭は勝手にそっちへ行く。


だから俺は、なるべく手を動かした。


枝を削る。結ぶ。拾う。干す。掘る。運ぶ。見る。


手を動かしている間だけは、今のことだけで済んだ。


そうやって日を重ねていくうちに、島の見え方が少しずつ変わっていた。


最初は全部同じに見えた。砂も木も岩も、ただ邪魔だった。暑くて、痛くて、腹が減って、何もかも敵みたいに思えた。


でも今は、水を置くならあの辺がいいとか、貝を拾うならあの岩場とか、木の実はこの辺の木とか、魚を干すならここの風通しとか、そういうのが分かる。


名前をつけるほどじゃない。


けど、何となく場所として区別していた。


寝る場所。火の場所。水の場所。釣る場所。


それがあると、少しだけ落ち着く。


ある夕方、魚を二匹続けて釣れた日があった。


一匹でも十分ありがたいのに、その日はたまたま続いた。俺はしばらく砂浜にしゃがんで、並んだ魚を見ていた。どっちも大した大きさじゃない。太ってもいないし、店に並んでたら見向きもしないようなやつだ。


それでも、その時の俺にはちゃんと多く見えた。


一匹はその場で食って、一匹は開いて干した。


火の前に座って、焼けた魚を食いながら、干した方を見た。明日の分がある。そう思っただけで、妙に胸の奥が静かだった。


ああ、と思った。


ここ、少しは回り始めたのかもしれない。


その言い方が正しいのかは分からない。生活ってほど立派じゃない。文明なんて何もない。相変わらず不便だし、汚いし、しんどい。もっと楽に生きられる場所があるなら、今すぐそっちに行きたい。


でも、それでも。


今日死なないためだけじゃなくて、明日もたぶん食えるようにしている。


その感じは、最初の頃には無かったものだった。


火がぱち、と鳴った。


俺は顔を上げて、暗くなりかけた空を見た。綺麗だと思ったわけじゃない。ただ、今日も終わるんだなと思った。


それだけのことが、少しだけましになっていた。

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