手順
一匹釣れて、それで全部が楽になったわけじゃない。
そんなのは、次の日には嫌でも分かった。
朝起きて、昨日の残りみたいな希望を少しだけ持って海へ行って、同じように棒を垂らしてみたけど、何も釣れなかった。餌だけ取られた気がして、引き上げた先は空っぽだった。もう一回やって、また空っぽだった。三回目でようやく小さいのが掛かったけど、岸まで寄せる途中で外れた。
思わず悪態が出た。
昨日のは奇跡だったのかもしれないと思うと、腹が立つより先に気が遠くなった。
けど、火の前でひと晩寝て、水を飲んで、腹に少しでも魚を入れた体は、最初の頃の俺よりはましだった。立ち直るのに必要な時間が、少しだけ短くなっていた。
駄目ならまたやるしかない。
結局、そこに戻る。
その日も木の実を拾って、貝を集めて、釣りをした。日が高くなってきたら水の様子を見て、できた分を容器に移して、また同じような装置をいじる。夕方になったら寝る場所の周りを少し片づけて、火を起こして、拾ったものを焼いて食う。
やってることは単純だった。
けど、単純なことを繰り返しているうちに、少しずつ分かってくることがあった。
木の実は、同じ木でも日によって落ちている数が違う。貝は、潮が引いている時の方が拾いやすい。魚は、何となくだけど朝と夕方の方が気配がある。水を作るやつは、置く場所で溜まり方が違う。風がよく当たるところは寝るには最悪だけど、乾かすにはましだった。
誰かに教わったわけじゃない。
ただ、やって、失敗して、昨日より少しましにする。その繰り返しだった。
気づけば、寝る場所も最初よりはずいぶん人間っぽくなっていた。大きめの枝を渡して、葉を重ねて、横からの風を少しでも避けられるようにする。結ぶのだけは、やっぱり考える前に手が動いた。現場で何度もやった結び方を、そのまま少しだけ雑にしたみたいな感じだった。
解けないように結ぶ。
それだけで、夜の安心感が少し変わる。
雨はまだちゃんと降っていなかったけど、もし降った時に全部ぐしゃぐしゃになるのは嫌だった。せっかく積んだものが、朝起きたら駄目になってるのはきつい。そう思うようになった時、自分でも少し変な気がした。
最初は今日を越えられるかどうかしか考えてなかったのに、今は明日の朝に残っててほしいものを考えている。
それがいいことなのか、悪いことなのかは分からなかった。
ただ、体がそう動いていた。
水を作るやつは、結局増やした。
ひとつじゃ足りない。だったら増やす。最初にそれを思いついた時、自分で自分に呆れた。そんな単純なこと、何で最初からやらなかったんだろうと思った。でも思いつかなかったものは仕方ない。今さら悔しがっても、水は増えない。
使えそうな透明なものや、容器になりそうなものを浜辺で探した。どこから流れ着いたのか知らない変な破片や、蓋みたいなものや、割れて使いにくい入れ物を組み合わせて、とにかく数を作った。見た目はひどい。たぶん人に見せたら笑われる。けど、水は前よりましに溜まるようになった。
朝に少し飲んで、昼に少し飲んで、夜の分もほんの少し残せる日が出てきた。
それだけで、頭の働きが違う気がした。
喉が限界の時は、何を見ても水のことしか考えられなかった。今はまだしんどいけど、別のことも考えられる。火の持ち方とか、魚を干す場所とか、明日どの辺りまで木の実を探しに行くかとか、そういう順番が頭に入ってくる。
ある日、釣れた魚をそのまま全部食わずに残してみた。
食わない、というよりは、食えなかった。腹は減ってたけど、無理して全部腹に入れるより、後で食える形にした方がいいんじゃないかと思った。開いて、火の近くで少し乾かしてみる。ちゃんとしたやり方なんて知らない。腐るかもしれないし、ただ固くなるだけかもしれない。それでも試した。
次の日、それはものすごくうまいわけではなかったけど、一応食えた。
しょっぱくもなく、柔らかくもなく、ただ魚の名残みたいな味がした。けど腹に入る。噛めば飲み込める。それで十分だった。
保存食って、こういうことかと思った。
大層なものじゃない。ただ、今日取ったものを今日全部食い切らなくてもいい、ってだけだ。それだけなのに、妙に気持ちが違った。
腹のためだけじゃなくて、明日のために手を動かしている感じがした。
その頃には、俺の一日にはだいたい順番ができていた。
朝起きて、水を見る。飲む。火を見る。消えていたら起こし直す。海へ行く。釣れる日は釣る。駄目なら貝を拾う。戻って木の実を仕分ける。水を移す。寝る場所を直す。火の前で食う。暗くなったら横になる。
毎日同じで、毎日少し違う。
最初はそれが地獄みたいだったのに、途中から、順番があることに少しだけ救われるようになった。
次に何をするか分かっていると、人は少し静かになれるらしい。
逆に、何もすることがない時間だけは、今でも駄目だった。
火を見ながらぼんやりしている時とか、波の音だけを聞いている時とか、そういう時に限って余計なことを考える。ここはどこなんだ、とか。何で俺なんだ、とか。昨日まで何してたっけ、とか。家に誰かいたっけ、とか。スマホがあったら何を最初に見ただろう、とか。
考えても仕方ないことばかりだった。
仕方ないと分かっていても、頭は勝手にそっちへ行く。
だから俺は、なるべく手を動かした。
枝を削る。結ぶ。拾う。干す。掘る。運ぶ。見る。
手を動かしている間だけは、今のことだけで済んだ。
そうやって日を重ねていくうちに、島の見え方が少しずつ変わっていた。
最初は全部同じに見えた。砂も木も岩も、ただ邪魔だった。暑くて、痛くて、腹が減って、何もかも敵みたいに思えた。
でも今は、水を置くならあの辺がいいとか、貝を拾うならあの岩場とか、木の実はこの辺の木とか、魚を干すならここの風通しとか、そういうのが分かる。
名前をつけるほどじゃない。
けど、何となく場所として区別していた。
寝る場所。火の場所。水の場所。釣る場所。
それがあると、少しだけ落ち着く。
ある夕方、魚を二匹続けて釣れた日があった。
一匹でも十分ありがたいのに、その日はたまたま続いた。俺はしばらく砂浜にしゃがんで、並んだ魚を見ていた。どっちも大した大きさじゃない。太ってもいないし、店に並んでたら見向きもしないようなやつだ。
それでも、その時の俺にはちゃんと多く見えた。
一匹はその場で食って、一匹は開いて干した。
火の前に座って、焼けた魚を食いながら、干した方を見た。明日の分がある。そう思っただけで、妙に胸の奥が静かだった。
ああ、と思った。
ここ、少しは回り始めたのかもしれない。
その言い方が正しいのかは分からない。生活ってほど立派じゃない。文明なんて何もない。相変わらず不便だし、汚いし、しんどい。もっと楽に生きられる場所があるなら、今すぐそっちに行きたい。
でも、それでも。
今日死なないためだけじゃなくて、明日もたぶん食えるようにしている。
その感じは、最初の頃には無かったものだった。
火がぱち、と鳴った。
俺は顔を上げて、暗くなりかけた空を見た。綺麗だと思ったわけじゃない。ただ、今日も終わるんだなと思った。
それだけのことが、少しだけましになっていた。




