プロローグ
目が覚めた時、最初に分かったのは暑いってことだった。
背中が焼けるみたいに熱くて、顔にかかった砂が気持ち悪い。口の中は妙にざらついていて、舌を動かすたびに塩っぽい味がした。眩しくて目を細めたまま、しばらく起き上がれなかった。
耳に入ってくるのは、ずっと同じ波の音だった。
ざぶ、ざぶ、と一定の音が頭の奥に響いている。近くで聞いてるはずなのに、妙に遠くも聞こえる。俺は何度か瞬きをして、それからようやく上半身を起こした。
白い砂浜だった。
目の前に海が広がっていた。青い。やけに青い。空も同じくらい青くて、雲が少し浮かんでいる。景色だけ見れば、観光地の写真みたいだった。
けど、俺の頭の中は何ひとつついてこなかった。
ここ、どこだ。
声に出してみたが、ひどく掠れていた。喉が痛い。乾いている。飲み過ぎた次の日みたいな重さじゃなくて、もっと嫌な乾き方だった。内側からざらざら削れてる感じがする。
立ち上がろうとして、足がもつれた。膝が砂に埋まる。スーツじゃない。作業着でもない。昨日何を着ていたか、一瞬分からなくなって、それが少し怖かった。
昨日、何してたっけ。
現場帰りだった気もする。コンビニに寄ったかもしれない。誰かと話したような気もする。けど、そこから先が曖昧だった。酒は飲んでないはずだ。じゃあ何でこんなところに寝てたんだ。寝てた、で済む場所じゃないだろ。どう見ても。
辺りを見回す。人はいない。船もない。建物も見えない。あるのは砂と、海と、少し奥に木が生えてるのが見えるくらいだった。
冗談だろ。
笑おうとして、喉が痛くてやめた。
助けを呼ぶべきだと思った。けど、何て呼べばいいのか分からなかった。誰を呼ぶんだ。名前も知らない相手に向かって、助けてくださいと叫ぶのか。そんなの意味があるのか。そもそも聞こえる相手がいるのか。
スマホ、と呟いてポケットを探る。ない。反対のポケットも、胸元も探る。何もない。財布もない。鍵もない。何もかも無かった。
嫌な汗が出た。
とにかく日陰に行こうと思った。頭がぼんやりしている。こういうのはまずよくない。何がよくないのかは知らないけど、よくないことだけは分かる。立ち上がって、ふらつきながら木の方へ歩いた。
砂浜は思ったより長かった。足を取られるたびに、体力が持っていかれる。海は綺麗なのに、見ていて腹が立った。あんなに水があるのに飲めないなんて、意味が分からない。
木陰に入った瞬間、少しだけ楽になった。
そこでようやく、息をついた。
俺は座り込んで、膝に肘を置いた。心臓がうるさい。暑い。喉が乾く。腹も減ってる気がする。いや、腹はまだ後でいい。今は喉だ。水。何でもいいから、水が要る。
そう思った時、昼休みに現場で聞いた声が、ふいに頭の端に引っかかった。
遭難したら、まず水と火。
あの人、また動画見てるんすか、って笑った覚えがある。そんな日来ないっすよ、って、たしか俺も笑った。
来るわけないと思ってた。
俺は乾いた喉を押さえて、目の前の海を見た。
笑った報いにしては、冗談が過ぎるだろと思った。




