エピローグ
記録を確認しました。
勝者は立っていました。
敗者は沈んでいました。
歓声は広がり、安堵はそこかしこで零れていました。
救われた命も、たしかにあったのでしょう。
けれど、壊れたものは残ります。
砕けた石畳。
割れた硝子。
形を失った店。
明日も続くはずだった暮らしの、途切れた輪郭。
人は、正しさに名前を与えます。
信じ続けるために。
安心するために。
自分が守られたのだと、言い切るために。
その営みは、きっと間違いではありません。
正しいものを正しいと呼ぶことは、あまりにも自然です。
けれど、ときどき。
その正しさが通ったあとに残るものは、名前ほど綺麗ではありません。
守るための力が、何かを踏み砕くことがあります。
救うための一撃が、誰かの暮らしを断ち切ることがあります。
勝ったはずの景色の中でさえ、救われた側の心だけが置き去りになることがあります。
それでも人は、勝者を見上げます。
そうしなければ、壊れたものに触れた手の感触を、うまく抱えていけないからかもしれません。
だから、あの声もまた残ります。
歓声の外で。
拍手の届かない場所で。
壊れた街を見た誰かの喉から、こぼれてしまった声。
それを正しいとは言いません。
間違っているとも言いません。
IRISはただ、そのように残ったことを記録します。
記録を閉じます。
あなたは、正しかったらなんでも許されると思う?




