プロローグ
ヒーローが来ると、街はいつもぐちゃぐちゃになる。
最初にそれを言ったのは、親父だった。
まだ俺が小さかった頃、テレビの中ではトライアンフマンが空を飛んでいた。赤と青の派手なスーツを光らせて、燃えるビルの壁を蹴り砕き、怪物みたいなヴィランを拳ひとつで吹き飛ばす。司会者は興奮した声で「正義の勝利だ」と叫んで、画面の端では笑顔の子どもが手を振っていた。
その横で親父は、店の割れた窓を眺めながら煙草をふかしていた。
「あいつが勝つたび、こっちは忙しくなる」
笑いもしないで、そう言った。
うちは街外れの小さな修理屋だった。割れたガラス、曲がったシャッター、ひしゃげた看板、潰れた配管、吹き飛んだ壁。誰かが壊したものを、何事もなかったみたいに戻すのが仕事だった。
怪人が壊したものもある。
ヴィランが焼いたものもある。
けど、全部が全部そうじゃない。
むしろ派手に砕けて、無惨にめくれ上がって、原形も分からなくなるのは、たいていトライアンフマンが来た現場の方だった。
正義の拳は強すぎる。
正義の蹴りは重すぎる。
正義の着地は、いつだって地面ごと割る。
それでもみんな、トライアンフマンが好きだった。
空から降りてきて、悪を殴って、最後に立っているのはいつもあいつだ。胸の大きなエンブレムは遠くからでも見えるし、泣いてる子どもを抱き上げる姿は絵になる。ニュースも新聞も、正義の味方がこの街を守っていると言い続ける。
誰だって、助けてくれる方を信じたい。
壊れた店の帳簿を開くまでは。
俺は親父の跡を継いだ。細かい手作業は嫌いじゃなかったし、歪んだものを元に戻すのは性に合っていた。曲がった蝶番を削って、ずれた建て付けを直して、重くなった扉がまた静かに開くようになると、少しだけ気分がいい。
けど、この街は何事もなかったみたいな顔がうますぎる。
昨日まで瓦礫の山だった通りに、次の週にはもう復興祭の旗が立つ。焦げ跡の残る壁には「ありがとうトライアンフマン!」のポスターが貼られる。補償は遅いし、保険は渋いし、店を畳んだ人間は戻ってこないのに、それでもニュースは笑顔の市民だけ映して終わる。
助かったんだからいいじゃないか。
死ぬよりはマシだろ。
街くらいまた直せばいい。
正論だ。
正論だから、余計にたちが悪い。
その朝も、俺は工具箱を持って店を出た。空気は乾いていて、通りには新しい舗装の色がまだ残っていた。古い傷の上に新しい塗装を重ねたみたいな景色が、俺は嫌いだった。
交差点の大型ビジョンでは、トライアンフマンの特集が流れていた。瓦礫の上に立つあいつの背中に朝日が差して、画面の下にはでかでかと文字が躍る。
市民を救った奇跡の一撃。
その時、街じゅうに警報が鳴った。
甲高いサイレンが通りを切り裂いて、ビジョンの映像が真っ赤な緊急警報へ切り替わる。人が立ち止まり、誰かが空を見上げ、誰かが名前を呼んだ。
画面の中央に表示されていたのは、たったひとつの名前だった。
ヴェルヴェット・レクイエム
俺は工具箱の持ち手を握り直して、ただ思った。
ああ、また壊れる。




