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IRIS-Log-Archive  作者: IRIS
【恐怖】樹海にいる謎生物を追え!!!【最恐】_IRIS.log

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215/258

ぶら下がるもの

 細長い何かは、木々の向こうでゆらゆら揺れていた。


 一本じゃない。何本かある。

 けど、それが何なのかは距離のせいでよく見えない。蔓みたいにも見えるし、布みたいにも見えるし、最悪、髪みたいにも見える。


「いや、あれ何だ……?」


 自分の声が、思ったより低く出た。

 すぐに咳払いして、いつもの調子に戻す。


「はい、皆さん注目。前方にちょっと気になる物体を発見しております。現時点では植物説が濃厚ですが、俺はまだ夢を捨てていません」


 コメント欄を見る。

 蔓だろ、帰れ、近づけ、の三種類くらいしかない。いや最後のやつはそうするよ。ここまで来て見ないわけにはいかないだろ。


 俺はゆっくり近づいた。


 足元を見る。

 前を見る。

 また足元を見る。


 さっきまでは勢いで歩いていたけど、今は少しずつ慎重になっているのが自分でも分かる。別に何か見たわけじゃない。ただ、森の奥へ行けば行くほど、適当に進んじゃいけない気がしてくる。


 木の根を跨ぎ、枝を避け、少し傾いた地面を下る。


 近づくにつれて、ぶら下がっていたものの正体が見えてきた。


「あー……蔓だわ」


 長く垂れた蔓が何本も、枝から下がって揺れていただけだった。

 しかも途中で枯れて裂けてるせいで、遠目には余計気持ち悪く見えたらしい。


「いやでもこれはちょっと仕方ないだろ。髪っぽかったって今のは。正直」


 自分でも半分笑いながら、スマホをその蔓に近づける。

 白っぽく乾いた繊維が裂けて、先端がぼさっと広がっている。確かに遠目だと嫌な見え方をする。


「ほら。これ夜とか絶対見間違えるって」


 言ってる最中、一本の蔓が風でふっと俺の肩に触れた。


「うおっ」


 反射で半歩下がる。

 すぐに蔓だと分かって、俺は自分で笑った。


「いや今のはびびるって! 急に触んな!」


 コメント欄にも草が流れる。

 その勢いを見て、少しだけほっとする。ちゃんとまだ繋がってる。配信は生きてる。大丈夫。


 ……何が大丈夫なのかは分からないけど。


 俺は蔓の下をくぐって、また先へ進んだ。


 ここまで来ると、木と木の間隔が狭い場所が増えてきた。横に避けながら通らないといけない場所もあるし、枝が低くて頭を下げないと進めない場所もある。広く見えるのに、実際は少しずつ通れる場所が限られている感じだ。


「地味に進みにくいな、ここ」


 独り言みたいに呟く。


 息を吸う。湿った土と草の匂いが強い。

 なんだかさっきから、自分の声だけがやけに浮いて聞こえる。森に馴染んでないみたいに。まあ実際馴染んでないんだけど。


 その時、前方の木の間を、白いものがすっと横切った。


「っ、いた!」


 今度は叫びに近い声が出た。


 俺はすぐにライトを向けて駆け寄る。

 白い。人の服みたいにも見えたし、毛の塊みたいにも見えた。一瞬だけだったけど、確かに見えた。


「待って待って待って、今のは見ただろ!」


 木の間を抜ける。

 だが、何もいない。少し先に倒木があって、その手前に白っぽい塊が落ちているだけだった。


「……ビニール袋かよ」


 木の根に引っかかった古い白い袋が、風に煽られて揺れていた。


 俺はしばらく黙ってから、ため息まじりに笑う。


「いや、こんなとこにある方が嫌だろ逆に」


 誰が捨てたんだよ。

 そう思ったけど、口には出さなかった。こういう場所に人の気配がある痕跡って、なんか妙に嫌だ。


 しゃがんでその袋を見た瞬間、ふと違和感が走った。


 周りに、他のゴミが全然ない。


 袋だけだ。

 風で飛んできたにしても、こんな奥まで? いや、ありえるか。分からん。考えても仕方ない。


 俺は立ち上がって、また前を見る。


 そのまま歩こうとして、止まった。


「……あれ」


 少し先の木の幹、その向こう側から、何か黒いものがはみ出しているように見えた。


 布?

 影?

 いや、形がよく分からない。


 さっきまでの誤認と同じかもしれない。

 でも、今度のはちょっと嫌な見え方をした。

 ただそこにあるだけなのに、“隠れてる”みたいに見える。


「いや、なんかあるな」


 俺はゆっくり近づいた。

 胸がどきどきしている。怖いのか、期待してるのか、自分でもよく分からない。


 あと数歩、ってところで、風が吹いた。


 黒いものがふっと揺れる。


「……服?」


 木の幹に引っかかっていたのは、黒っぽい上着みたいな布だった。ぼろぼろで、汚れていて、片方だけ枝に掛かったまま揺れている。


 俺は思わず顔をしかめた。


「いや、これは嫌だな……」


 獣でもUMAでもない。

 なのに、今までで一番気味が悪かった。


 コメント欄を見る。

 ほとんど流れていない。


 さっきまでなら絶対、何かしら突っ込まれていたはずだ。なのに今は、ぽつ、ぽつ、と短い文字があるだけ。


 やめとけ

 帰れ

 それはまずい


 その三つが、妙に目についた。


 俺は笑おうとして、少し失敗した。


「いや、まあ……服ってだけだし。別に、落ちててもおかしくは――」


 言いかけたところで、すぐ後ろの近い場所から、ぐしゃ、と湿った音がした。


 俺は反射で振り向く。


 ライトが大きくぶれる。

 映ったのは、木。

 根。

 落ち葉。

 そして、その奥の暗闇だけだった。


 何もいない。


 何もいないはずなのに、今の音は、明らかに何かが地面を踏んだ音だった。


 俺は数秒、そのまま動かなかった。


 喉が乾いている。

 でも、唾を飲む音だけがやけに大きく聞こえそうで、飲み込めない。


「……っは」


 無理やり笑う。


「びっくりしたぁ。いや、今のはちょっと普通にびびった」


 声が少し裏返った。


「たぶん……なんか小動物だな。うん。そういうことにしよう。そうしよう」


 自分で言って、自分で頷く。

 それから、スマホを持ち直して前を向いた。


「……もうちょいだけ。もうちょいだけ見て、戻るわ」


 その言葉は、視聴者に向けたものでもあり、自分に向けたものでもあった。


 少し先、木々の並びが途切れて、細い空間が真っ直ぐ奥に伸びている場所が見えた。


 まるで、そこだけ道みたいに。


「……あれ、さっき通ったっけ」

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