コメントの向こう側
そこだけ妙に通りやすそうだった。
「ほら、なんかあそこだけ道っぽくない?」
コメントがゆっくり流れる。
道じゃん
獣道?
行くな
逆に行け
こういうの好き
「だろ? 俺も好き」
俺はその細い空間へ足を踏み入れた。
左右の木が近い。
なのに、そこだけ不自然なくらい進みやすい。
「なんかさ、森のくせに妙に通してくる感じがあるんだよな」
コメント欄が少し速くなる。
歓迎されてるじゃん
やめろ
不吉
その言い方嫌だ
「歓迎はちょっと面白いな」
笑って進む。
その時、左の木の間に白いものが見えた。
「……お?」
コメントも反応する。
いた
左
見えた
いや木
白いのいた
「いたよな? 今、白いのいたよな?」
ライトを向ける。
何もない。
「……いや今のはちょっとあったと思うんだけどな」
そのまま歩き出すと、コメントの流れが急に速くなった。
右
右見ろ
いや左
前
止まれ
なんかいた
「ちょっと待って待って、どっちだよ」
俺は思わず笑う。
「右派と左派で割れるなこういう時。統一してくれ」
スマホを少し顔に近づけて、文字を追う。
前
前
そのまま
いや行くな
近い
近いって
「何が近いんだよ」
半分ネタみたいに返す。
けど、心臓は少し速くなっていた。
コメントはさらに増える。
前
前見ろ
おい
そこ
近い
前
前
「分かったって、今見――」
一歩踏み出した瞬間、ごつ、と額の上あたりに硬いものが当たった。
「うわっ」
木かと思った。
反射でいつもの調子のまま口が動く。
「すみませ――」
そこで顔を上げた。
止まった。
何を見たのか、言葉になる前に全部止まった。
息が入らない。
喉が閉じる。
逃げようとか、叫ぼうとか、そういう考えすら出てこない。
ただ、駄目だと思った。
目の前にいるそれから、視線が剥がれない。
コメントだけがまだ流れている。
おい
なにそれ
逃げろ
逃げろ
おい
やばい
やばい
おい
指の感覚が抜ける。
スマホが、ゆっくり手の中から滑った。
落ちていく画面の端で、暗い地面と木の根元が傾き、最後までコメントだけが光っていた。
そこで配信は途切れた。




