弱いチーム
青嵐は、強くない。
これを口にするとたまに怒るやつがいるけど、怒ったところで事実は変わらない。もちろん、下手なやつの集まりって意味じゃない。ここまで来るような連中だから、皆ちゃんと上手い。走れるし、蹴れるし、頭も使える。普通の学校相手なら普通に勝つし、そのへんのチームよりはずっと強い。
でも、世界覇蹴戦で優勝を狙うには足りない。
足りないから、今まで勝てなかった。
足りないから、あと一歩で何度も落としてきた。
練習場の土は朝の湿気を吸って少し重かった。踏み込むたびに靴の裏へ土がまとわりつく。俺は軽く走りながら、前で準備してる連中に声を飛ばした。
「おい、足止まってるやついるぞ!」
「まだ始まってねえよ!」
「だから動けって言ってんだよ!」
返ってくる文句に、別のやつらが笑う。いつもの感じだ。朝から無駄に声がでかいとか、うるさいとか、そういうのはよく言われる。けど、俺が黙ってると今度は「気持ち悪い」って言われるから、もうこれでいい。
球回しが始まると、空気はすぐに変わる。
足元の感覚。
呼吸。
声。
味方の位置。
球の速さ。
そういうのが噛み合ってくると、練習でも少し気持ちいい。逆に噛み合わない日はすぐ分かるし、そういう日はだいたい俺の機嫌も悪くなる。
「ユウ!」
右から声が飛ぶ。
見る前に出す。
強すぎず、弱すぎず、走り込む足元へ通す。
ハヤトが受けて、そのまま一歩で抜いた。最後は軽く流し込むみたいに決める。練習なのに、ああいうところだけ妙に綺麗だ。
「今のいいな」
「当たり前だろ」
俺が言うと、ハヤトは鼻で笑った。
「お前さ、たまに自分が決めたみたいな顔すんのやめろ」
「通したの俺だし」
「最後決めたの俺な」
「分かってるって」
昔からこんな感じだ。
ハヤトは前で決める。
俺はそこまで持っていく。
どっちが欠けても上手くいかないくせに、口だけはお互い偉そう。
幼稚園の頃からずっと一緒に球を追ってきた。気づけば同じ場所にいて、同じチームで、同じ試合に出てる。昔はもっと単純だった。走るのが速いやつ、蹴るのが強いやつ、それだけで勝てる時期もあった。けど今は違う。上手いやつなんていくらでもいるし、才能だけで押し切れるほど甘くない。
その中で、ハヤトはちゃんとエースになった。
俺はエースになれなかった。
なれなかった、って言い方は少し違うかもしれない。そもそもタイプが違う。俺は前で決め切るより、真ん中で全部見てる方が向いてる。嫌でも気づく。誰の足が重いかとか、今どこが空いてるかとか、誰が下向いてるかとか、そういうの。
ただ、分かってても止められない時がある。
そのたび、自分に腹が立つ。
練習が一段落したところで、水を飲みながら全体を見回した。
皆それぞれ汗を拭いてる。
笑ってるやつもいれば、もう息が上がってるやつもいる。
うちの連中は派手じゃない。
華があるのはハヤトくらいだ。
あとは本当に泥臭い。
守備のやつは身体張るし、前線のやつらは走り勝つしかないし、途中で交代するやつも含めて、全員が何かを少しずつ削って試合してる。綺麗な勝ち方ができるチームじゃない。だから強豪から見れば、たぶんそんなに怖くないんだと思う。
けど、簡単には終わらない。
それが青嵐だ。
「おいリーダー」
後ろから呼ばれて振り返ると、守備の一人がにやにやしてた。
「誰がリーダーだよ」
「お前だろ」
「勝手に決めんな」
「でも実際、お前が一番うるせえし」
周りがまた笑う。
俺は舌打ちするふりだけして、水を飲んだ。
リーダーって言われるのは、正直少しむずがゆい。別に俺が一番上手いわけじゃないし、まとめるのが得意かって言われたらそうでもない。ただ、黙って見てるのが無理なだけだ。誰かが止まりそうなら声をかけるし、空気が落ちそうなら無理やりでも上げる。そうしないと、試合ってすぐ死ぬから。
俺は負ける流れが嫌いだ。
点を取られるのも嫌いだし、ミスするのも嫌いだし、うまくいかない空気も嫌いだ。特に、自分のせいで崩れるのが一番嫌いだ。
だから、たぶん人一倍うるさい。
昼前、全体練習が終わってミーティングになった。監督の話は短い。元々そういう人だ。感情で煽るタイプじゃなくて、必要なことだけ言う。
「お前らは強くない」
初手からそれだった。
何人かが苦笑する。
俺も少しだけ口の端が上がった。
分かってることを改めて言われると、逆に落ち着くことがある。
「だが、弱いから負けるわけでもない」
そこで少し空気が変わる。
皆ちゃんと顔を上げる。
「勝てない理由を、弱いからで終わらせるな」
監督のそういうところは好きだ。
優しい言葉じゃない。
でも、逃がさない。
ミーティングが終わったあと、俺は荷物をまとめながらハヤトの横にしゃがんだ。
「なあ」
「ん?」
「今日、足軽いか」
「普通」
「普通って何だよ」
「普通は普通だろ」
「お前の普通あてになんねえんだよ」
ハヤトは笑って、膝を軽く伸ばした。
「でもまあ、悪くはない」
「ならいい」
「お前は」
「最悪」
「嘘つけ」
「いや、朝からちょっと重い」
「飛ばしすぎなんだよ」
「うるせえな」
そう言いながらも、自分の足を少し叩いた。
たしかに少し重い。疲労が抜けきってない感じがある。こういう時に無理すると、後で効く。分かってる。分かってるけど、手を抜くと余計に嫌になる。
ハヤトが急に真面目な声で言った。
「無理すんなよ」
「お前に言われたくない」
「俺は決める役だからいいんだよ」
「知らねえよ」
「お前止まると全部止まるだろ」
その一言だけ、妙にまっすぐ入ってきた。
全部、は大げさだ。
でも少なくとも、中盤で俺が死ぬと苦しくなるのは本当だ。球が回らない。声も減る。流れが前へ行かない。
そういう意味じゃ、俺の役割は地味なくせに重い。
「だったら余計走るしかねえだろ」
そう返すと、ハヤトは呆れたみたいに笑った。
「そういうとこだよ」
「何が」
「いや、別に」
意味ありげに濁して、あいつは先に立ち上がった。
会場へ向かう移動中、外の景色はどこか現実感がなかった。大きい会場の周りには人がいて、看板があって、旗が揺れてて、取材っぽい連中も見える。世界覇蹴戦って名前の重さは、こういうところで急に効いてくる。
でも結局、中に入ればやることは同じだ。
走る。
拾う。
繋ぐ。
出す。
決める。
それだけだ。
控え室で着替えていると、前線のやつが緊張した顔でぼやいた。
「やばいな、マジで」
「何が」
「いや全部」
「ざっくりしすぎだろ」
「だってお前、平気そうじゃん」
「平気なわけねえだろ」
俺はそう言って笑った。
「でも、だから何だよ」
自分でも少し声が強かったと思う。
けど、そのくらいでちょうどよかったのかもしれない。相手は一瞬黙って、それから小さく笑った。
「だよな」
「だよ」
そうやって無理やりでも前向かせるのが、たぶん俺の役目なんだと思う。
会場へ出る直前、俺たちは円になった。手を重ねるほど綺麗なチームでもない。けど、顔はちゃんと見える距離に集まる。
「青嵐!」
誰かが言う。
俺も声を張る。
「やるぞ!」
短い、それだけの声だった。
でも十分だ。
強くないチームには、強くないチームなりの熱がある。
綺麗じゃない分、泥みたいにしつこい熱だ。
俺たちはそれでここまで来た。
だったら今日も、それで行くしかない。




