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IRIS-Log-Archive  作者: IRIS
第八回世界覇蹴戦_IRIS.log

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弱いチーム

 青嵐は、強くない。


 これを口にするとたまに怒るやつがいるけど、怒ったところで事実は変わらない。もちろん、下手なやつの集まりって意味じゃない。ここまで来るような連中だから、皆ちゃんと上手い。走れるし、蹴れるし、頭も使える。普通の学校相手なら普通に勝つし、そのへんのチームよりはずっと強い。


 でも、世界覇蹴戦で優勝を狙うには足りない。


 足りないから、今まで勝てなかった。

 足りないから、あと一歩で何度も落としてきた。


 練習場の土は朝の湿気を吸って少し重かった。踏み込むたびに靴の裏へ土がまとわりつく。俺は軽く走りながら、前で準備してる連中に声を飛ばした。


「おい、足止まってるやついるぞ!」


「まだ始まってねえよ!」


「だから動けって言ってんだよ!」


 返ってくる文句に、別のやつらが笑う。いつもの感じだ。朝から無駄に声がでかいとか、うるさいとか、そういうのはよく言われる。けど、俺が黙ってると今度は「気持ち悪い」って言われるから、もうこれでいい。


 球回しが始まると、空気はすぐに変わる。


 足元の感覚。

 呼吸。

 声。

 味方の位置。

 球の速さ。


 そういうのが噛み合ってくると、練習でも少し気持ちいい。逆に噛み合わない日はすぐ分かるし、そういう日はだいたい俺の機嫌も悪くなる。


「ユウ!」


 右から声が飛ぶ。

 見る前に出す。

 強すぎず、弱すぎず、走り込む足元へ通す。


 ハヤトが受けて、そのまま一歩で抜いた。最後は軽く流し込むみたいに決める。練習なのに、ああいうところだけ妙に綺麗だ。


「今のいいな」


「当たり前だろ」


 俺が言うと、ハヤトは鼻で笑った。


「お前さ、たまに自分が決めたみたいな顔すんのやめろ」


「通したの俺だし」


「最後決めたの俺な」


「分かってるって」


 昔からこんな感じだ。


 ハヤトは前で決める。

 俺はそこまで持っていく。

 どっちが欠けても上手くいかないくせに、口だけはお互い偉そう。


 幼稚園の頃からずっと一緒に球を追ってきた。気づけば同じ場所にいて、同じチームで、同じ試合に出てる。昔はもっと単純だった。走るのが速いやつ、蹴るのが強いやつ、それだけで勝てる時期もあった。けど今は違う。上手いやつなんていくらでもいるし、才能だけで押し切れるほど甘くない。


 その中で、ハヤトはちゃんとエースになった。


 俺はエースになれなかった。

 なれなかった、って言い方は少し違うかもしれない。そもそもタイプが違う。俺は前で決め切るより、真ん中で全部見てる方が向いてる。嫌でも気づく。誰の足が重いかとか、今どこが空いてるかとか、誰が下向いてるかとか、そういうの。


 ただ、分かってても止められない時がある。

 そのたび、自分に腹が立つ。


 練習が一段落したところで、水を飲みながら全体を見回した。

 皆それぞれ汗を拭いてる。

 笑ってるやつもいれば、もう息が上がってるやつもいる。


 うちの連中は派手じゃない。

 華があるのはハヤトくらいだ。

 あとは本当に泥臭い。


 守備のやつは身体張るし、前線のやつらは走り勝つしかないし、途中で交代するやつも含めて、全員が何かを少しずつ削って試合してる。綺麗な勝ち方ができるチームじゃない。だから強豪から見れば、たぶんそんなに怖くないんだと思う。


 けど、簡単には終わらない。

 それが青嵐だ。


「おいリーダー」


 後ろから呼ばれて振り返ると、守備の一人がにやにやしてた。


「誰がリーダーだよ」


「お前だろ」


「勝手に決めんな」


「でも実際、お前が一番うるせえし」


 周りがまた笑う。

 俺は舌打ちするふりだけして、水を飲んだ。


 リーダーって言われるのは、正直少しむずがゆい。別に俺が一番上手いわけじゃないし、まとめるのが得意かって言われたらそうでもない。ただ、黙って見てるのが無理なだけだ。誰かが止まりそうなら声をかけるし、空気が落ちそうなら無理やりでも上げる。そうしないと、試合ってすぐ死ぬから。


 俺は負ける流れが嫌いだ。


 点を取られるのも嫌いだし、ミスするのも嫌いだし、うまくいかない空気も嫌いだ。特に、自分のせいで崩れるのが一番嫌いだ。


 だから、たぶん人一倍うるさい。


 昼前、全体練習が終わってミーティングになった。監督の話は短い。元々そういう人だ。感情で煽るタイプじゃなくて、必要なことだけ言う。


「お前らは強くない」


 初手からそれだった。


 何人かが苦笑する。

 俺も少しだけ口の端が上がった。

 分かってることを改めて言われると、逆に落ち着くことがある。


「だが、弱いから負けるわけでもない」


 そこで少し空気が変わる。

 皆ちゃんと顔を上げる。


「勝てない理由を、弱いからで終わらせるな」


 監督のそういうところは好きだ。

 優しい言葉じゃない。

 でも、逃がさない。


 ミーティングが終わったあと、俺は荷物をまとめながらハヤトの横にしゃがんだ。


「なあ」


「ん?」


「今日、足軽いか」


「普通」


「普通って何だよ」


「普通は普通だろ」


「お前の普通あてになんねえんだよ」


 ハヤトは笑って、膝を軽く伸ばした。


「でもまあ、悪くはない」


「ならいい」


「お前は」


「最悪」


「嘘つけ」


「いや、朝からちょっと重い」


「飛ばしすぎなんだよ」


「うるせえな」


 そう言いながらも、自分の足を少し叩いた。

 たしかに少し重い。疲労が抜けきってない感じがある。こういう時に無理すると、後で効く。分かってる。分かってるけど、手を抜くと余計に嫌になる。


 ハヤトが急に真面目な声で言った。


「無理すんなよ」


「お前に言われたくない」


「俺は決める役だからいいんだよ」


「知らねえよ」


「お前止まると全部止まるだろ」


 その一言だけ、妙にまっすぐ入ってきた。


 全部、は大げさだ。

 でも少なくとも、中盤で俺が死ぬと苦しくなるのは本当だ。球が回らない。声も減る。流れが前へ行かない。


 そういう意味じゃ、俺の役割は地味なくせに重い。


「だったら余計走るしかねえだろ」


 そう返すと、ハヤトは呆れたみたいに笑った。


「そういうとこだよ」


「何が」


「いや、別に」


 意味ありげに濁して、あいつは先に立ち上がった。


 会場へ向かう移動中、外の景色はどこか現実感がなかった。大きい会場の周りには人がいて、看板があって、旗が揺れてて、取材っぽい連中も見える。世界覇蹴戦って名前の重さは、こういうところで急に効いてくる。


 でも結局、中に入ればやることは同じだ。


 走る。

 拾う。

 繋ぐ。

 出す。

 決める。


 それだけだ。


 控え室で着替えていると、前線のやつが緊張した顔でぼやいた。


「やばいな、マジで」


「何が」


「いや全部」


「ざっくりしすぎだろ」


「だってお前、平気そうじゃん」


「平気なわけねえだろ」


 俺はそう言って笑った。


「でも、だから何だよ」


 自分でも少し声が強かったと思う。

 けど、そのくらいでちょうどよかったのかもしれない。相手は一瞬黙って、それから小さく笑った。


「だよな」


「だよ」


 そうやって無理やりでも前向かせるのが、たぶん俺の役目なんだと思う。


 会場へ出る直前、俺たちは円になった。手を重ねるほど綺麗なチームでもない。けど、顔はちゃんと見える距離に集まる。


「青嵐!」


 誰かが言う。

 俺も声を張る。


「やるぞ!」


 短い、それだけの声だった。

 でも十分だ。


 強くないチームには、強くないチームなりの熱がある。

 綺麗じゃない分、泥みたいにしつこい熱だ。


 俺たちはそれでここまで来た。


 だったら今日も、それで行くしかない。

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