プロローグ
俺たちは弱い。
それは別に卑屈でも何でもなくて、ただの事実だ。
勝てない試合は多いし、追いつけそうで追いつけないことも多い。あと一歩だったな、惜しかったな、よくやった方だろ、そういう慰めみたいな言葉には慣れてる。悔しい顔で笑って、次だ次って言い合って、結局また次でも足りない。そういうのを何回もやってきた。
でも、だからって負けるのが当たり前になったことはない。
慣れたのは、勝てない現実にだけだ。
負けて納得することには、一回も慣れてない。
世界覇蹴戦は、名前だけ聞けば派手だ。大きい会場、大きい歓声、でかい看板、取材、配信、特集記事。夢みたいな舞台だって言うやつもいる。実際そうなんだと思う。ここに立てるだけで十分すごいって言われれば、それも間違ってない。
けど、そんなので満足できるなら、最初からここまで来てない。
俺は勝ちたい。
綺麗ごとじゃなく、ちゃんと勝ちたい。
名前だけ残る出場じゃなくて、最後に立ってたい。
すげえ試合だったなって言われて終わるんじゃなくて、勝者として終わりたい。
そのために、俺たちはここまで来た。
青嵐は強豪じゃない。
優勝候補でもない。
正直、注目されてるのはチームじゃなくてハヤトだ。
ハヤトはすごい。俺が言うんだから間違いない。点を取る嗅覚があって、勝負所でちゃんと決められて、何だかんだ一番華がある。昔からそうだった。幼稚園の頃から一緒に球を追いかけてきたけど、あいつが前に出ると、空気が少し変わる。
でも、ハヤト一人じゃ勝てない。
そんなことは、俺が一番よく分かってる。
俺はエースじゃない。
中盤だ。
点を決めるのはだいたい前のやつらで、名前が大きく出るのもそういう連中だ。俺の仕事はもっと地味だ。拾って、繋いで、走って、声を出して、崩れそうな流れをどうにか前へ押し返す。
それでも、俺はこの場所が好きだ。
球が足に吸いつく感覚とか、味方の走る気配とか、しんどくて肺が焼けそうなのに、まだ前へ行けるって思う瞬間とか。そういうの全部まとめて好きだ。
熱中した、なんて言葉で済ませるには長すぎる気もする。
でも、たぶんそうなんだろう。
俺はずっとこれに熱中してきた。
勝てない時も、どうしようもなく悔しい時も、向いてないんじゃないかって思った時も、結局また球を蹴ってた。
だから今さら、途中で満足なんかできるわけがない。
開会前の通路は、いつも少しだけ冷えている。照明の光が白くて、壁に反射して、足音がよく響く。前を歩くチームメイトの背中を見ながら、俺は深く息を吸った。緊張はある。手のひらも少し湿ってる。でも嫌な感じじゃない。こういう時の緊張は、まだやれるってことだ。
横から肩がぶつかった。
「固いぞ、ユウ」
ハヤトだった。
「うるせえ」
「顔怖い」
「元からだろ」
そう返すと、あいつは笑った。こっちも少しだけ笑う。こういうくだらないやり取りだけは、何年経っても変わらない。
「お前さ」
ハヤトが前を向いたまま言う。
「今日、最初から飛ばしすぎんなよ」
「それ俺の台詞なんだけど」
「いやお前、すぐ自分から潰れにいくじゃん」
「誰のせいだよ」
「知らねえよ」
そんなことを言いながら、俺たちは並んで歩く。
前には仲間がいる。
後ろにも仲間がいる。
その真ん中で、俺は不思議と落ち着いてきていた。
弱いのは事実だ。
でも、ここまで来たのも事実だ。
だったらやるしかない。
どうせ無理だと思われてるなら、なおさらいい。
最後に立つのが俺たちだったら、そっちの方が気持ちいい。
通路の先から歓声が聞こえた。
会場が、俺たちを待ってる。
俺は一度だけ拳を握って、それからいつもの声で言った。
「行くぞ」
誰に向けたでもなく言ったのに、前のやつが「おう」と返して、後ろからも何人か声が重なった。
そういうのが好きだ。
まだ始まってもいないのに、もう少しだけ勝てる気がする。
そういう馬鹿みたいな感覚ごと、俺はここへ持ってきてる。




