画面の向こうでも
現実だけで足りない時は、別の場所へ行けばいい。
そういう逃げ方ができる時代でよかった、と本気で思うことがある。
学校が終わっても、家に帰っても、誰かと繋がる方法はいくらでもある。端末を開けば連絡はつくし、通話もできるし、仮想空間の中に入れば誰かしらいる。昔のことは知らないけど、今は一人になろうと思わない限り、一人でいる時間なんていくらでも薄められる。
俺はたぶん、その使い方に慣れてる。
夜、課題を適当に片づけてから端末を触る。会話欄はいくつか動いていて、昼に会ったやつらのどうでもいい話もあれば、前に別の場所で繋がった相手からの短い連絡もある。そこへ返事をしながら、別の端末で仮想空間の遊びを立ち上げる。着替えるみたいに向こうの姿になって、いつもの場所へ行く。
そこにも人はいる。
現実とは少し違う名前で呼び合って、少し違う見た目で笑ってる。けど中身が全部別人かって言うと、そうでもない。現実で話しやすいやつは、こういう場所でも大体話しやすいし、空気の読み方が下手なやつは向こうでもやっぱり少し浮く。
だから結局、人間関係の仕組み自体はそんなに変わらない。
「ユウ、遅かったな」
空間に入った瞬間、向こうで手を振ってきたやつがいた。
俺も軽く手を上げる。
「風呂入ってた」
「またかよ」
「まただよ」
それだけで会話は始まる。
笑いが起きる。
何人かがこっちを見る。
ここでは学校のことを知らないやつもいるし、逆に昼間の俺を知ってるやつも少しだけいる。全部が混ざってる感じがちょうどいい。現実のどこか一つに属してる感じは薄いけど、その分どこかに固定されない。
そういう軽さが好きだ。
皆で遊びの中の適当な場所へ集まって、だらだら喋る。誰かが変な動きをして笑わせて、別の誰かが今見てる動画の話をして、その流れで別の話題へ飛ぶ。現実より会話の飛び方が雑で、その雑さが楽な時もある。
俺はそこでも、うまくやる。
相手の言いたいことを拾う。
笑うところで笑う。
話しやすそうなやつには少し多めに返す。
黙りそうなやつがいたら、空気が止まらない程度に話を振る。
別に気を遣ってるつもりはない。
そうした方が回るから、そうしてるだけだ。
「ユウって、どこにでもいるよな」
その言葉を、その日二回目に聞いた。
今度は仮想空間の中で、少し年上の声が笑いながらそう言った。
周りも「分かる」とか「それな」とか適当に乗る。
「そうか?」
「そうだろ。あっちこっち顔出してるし」
「まあ、暇なんだよ」
「絶対違う」
皆が笑う。
俺も笑う。
軽口としては何もおかしくない。
ここでもやっぱり、悪い意味じゃない。
感じがいいとか、話しやすいとか、そういうのに近い扱いなんだと思う。
けど、“どこにでもいる”って言葉はやっぱり少しだけ引っかかる。
どこにでもいる。
つまり、ここだけのやつではない。
逆に言えば、ここにもちゃんといるけど、ここだけに属してるわけでもない。
それを器用さと見るか、薄さと見るかはたぶん人による。
しばらくして、空間の中での遊びに飽きた連中が、そのまま通話へ流れた。移動しながら、何となく人数が絞られていく。こういう時も、俺は特に困らない。残ってもいいし、流れてもいい。どっちへ行ってもそれなりに喋れる。
今日は通話の方へ移った。
向こうへ入ると、さっきまでより人数が少ない。声だけになると、空気は少し濃くなる。笑い方とか、黙るタイミングとか、そういう細かいところが現実に近くなるからだ。
「てかさ」
一人が急に声の調子を変えた。
ふざけた感じじゃなくなる。
「最近ちょっときつくて」
それまで適当に笑ってた空気が、少しだけ静かになった。
こういう時の空気の変わり方は分かる。
皆、急に本気の話に足を踏み入れる準備をする。
軽く流すのも違うし、重くしすぎても違う。そのちょうどいいところを探る感じ。
「何が?」
「家。親がちょっとうるさくて」
そこから、相手はぽつぽつ喋り始めた。進路のこと、家の空気、最近あんまり寝れてないこと。どれも大げさじゃない。でも、軽口の延長で話すようなことでもない。
俺は一応、ちゃんと聞いてた。
聞いてたし、言葉も返した。
「しんどいな、それ」
「でもまあ、完全に無視もできないしな」
「誰かに話せるなら話した方がいいと思う」
間違ったことは言ってないと思う。
実際、相手も「だよな」とか「まあな」とか返してた。
でも途中で、俺は自分の声が急に薄く感じた。
たぶん俺は、正しいことっぽい言葉を返してるだけだった。
空気に合う返し。
重すぎず、軽すぎず、相手が黙り込まない程度の温度。
それはきっと必要だ。
こういう時、場を壊さないやつは大事だし、変に気の利いたことを言おうとして滑るよりはずっといい。
けど、それ以上でもなかった。
その後、別のやつが自分の話を始めた。
前からの知り合いらしく、さっきのやつよりずっと踏み込んだ言い方をする。
「お前、前もそうだったじゃん」
「無理すると急に黙るし」
「一回ちゃんと切れよ、そういうの」
言い方は雑だけど、近い。
俺にはできない種類の言葉だった。
その瞬間、俺は自分が今ここに“いる”だけなんだなって、少し分かった気がした。
話は聞ける。
返事もできる。
場にも残れる。
でも、こいつらの間に最初からある積み重ねの中には入っていない。だから俺の言葉は、きれいに薄い。
通話はその後また軽い話へ戻って、最後にはいつも通り笑って終わった。
誰も気まずくはならなかったし、空気も悪くならなかった。
それはたぶん良かったんだと思う。
でも切れたあとに残ったのは、少しだけ変な静けさだった。
深い話に混ざれなかったとか、そういう言い方だとたぶん違う。
混ざってはいた。
ちゃんと相づちも打ったし、返事もした。
ただ、残り方が違った。
向こうの何人かにとっては、さっきの話はたぶん明日も少し残る。
気になるし、続きを聞くかもしれないし、言った方も言われた方も少しは覚えてる。
でも俺の中では、あのやり取りはもう半分くらい薄くなっていた。
大事じゃないわけじゃない。
ただ、俺自身がそこに深く引っかかってない。
あるいは逆で、向こうの中にも俺の言葉はあまり残ってないのかもしれない。
正しいことを言っただけの声なんて、だいたいそうだ。
翌日、学校でその通話にいたやつの一人を見かけた。廊下の向こうで、別の連中と話している。俺に気づいて手を上げたから、俺も軽く上げ返した。それだけだった。近づいて昨日の続きになる感じでもないし、向こうも別にそれを求めてない。
それで何もおかしくない。
たぶん普通だ。
普通なんだけど、何かが少しだけ分かる。
画面の向こうでも、やっぱり同じなんだ。
歓迎はされる。
いれば楽しい。
話もできる。
笑いも取れる。
でも、いなくなった時に強く残るわけじゃない。
切れたら終わる。
次に入ればまた始まる。
それは便利だし、楽でもある。
でも、その軽さに頼りすぎると、どこにも根が生えない。
昼休み、俺は中庭の端で一人で飲み物を飲んでいた。
別に誰とも食べる相手が見つからなかったわけじゃない。今日は何となく、教室のざわつきに入るのが面倒だっただけだ。数分もすれば、どこかへ戻れる。戻ろうと思えば、たぶんすぐに。
でもベンチに座ってる間、ふと思った。
現実でも、画面の向こうでも、俺はちゃんと人と繋がってる。
なのに、それが全部少しずつ薄い。
薄いのに、切れてはいない。
切れてないから、一人だとも言い切れない。
その半端な感じが、最近は少しだけ息苦しい。
空は明るかった。
風はまだ少し冷たい。
中庭では別のグループが写真を撮ってる。誰かが笑って、誰かが名前を呼んで、何でもない昼休みが過ぎていく。
俺もたぶん、あと少ししたら誰かの輪に戻る。
戻れば普通に喋れる。
何も問題ない顔で、ちゃんとそこにいられる。
そういう自信はまだある。
でも、その“まだ”がいつまで続くのかは、少し分からなくなってきていた。




