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IRIS-Log-Archive  作者: IRIS
青春と霧_IRIS.log

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199/258

どこにも属していない

 次の日の昼は、廊下側の列の後ろだった。


 昨日とは違うやつらと、違う話をして、違う笑い方をしてる。別に意識して切り替えてるわけじゃない。向こうが出してくる温度に合わせてるだけだ。だから疲れるかって言われると、そうでもない。むしろ一つの場所に居続けて、その空気にずっと耐える方がきつい。


「ユウってさ、どこにでもいるよな」


 パンの袋を開けながら、隣のやつがそんなことを言った。


「何それ」


「いや、褒めてる。顔広いじゃん」


「広くはないだろ」


「広いって。何か、誰とでも話してるイメージあるわ」


 そう言われて、俺は曖昧に笑った。

 悪い意味じゃない。たぶん本当に褒めてるんだろう。誰とでも話せる。感じがいい。ノリが悪くない。そういうのは、ちゃんとプラスの評価だ。


 だから普通なら、嬉しくてもいいはずだった。


 でもその「どこにでもいる」が、少しだけ耳に残った。


 どこにでもいる。

 言い換えれば、どこか一つにいるわけじゃない。


 その場では何も考えなかったふりをして、俺は適当に別の話題へ流した。話題をずらすのは得意だ。向こうが笑いやすい方へ、空気が止まらない方へ、自然に持っていく。そういうことをしてると、会話は大体うまくいく。


 うまくいくけど、何がうまくいってるのか分からなくなる時がある。


 午後の休み時間、前の方の席にいる女子二人が、週末の話をしていた。

 聞こえるつもりはなかったけど、教室は狭いし、笑い声はよく通る。


「え、来れるのあの三人だけ?」


「うん、でもたぶん大丈夫。いつもの感じだし」


「ユウとか呼ばないの?」


 その名前が出た瞬間だけ、俺は無意識に耳を立てた。


「んー、ユウは……何か違くない?」


「分かる」


 二人はそのまま別の話へ移った。

 悪口でも何でもない。声の調子も軽かった。たぶん深い意味はない。


 でも、違くない? っていうあの一言だけで、何となく分かった気がした。


 俺は誘えないやつじゃない。

 いてもおかしくないやつでもある。

 でも、“いつもの感じ”の中にはたぶん入ってない。


 それは別に珍しいことじゃない。昨日駅前にいた五人だって、俺がいなくても成立してた。たまたま流れでそこにいたし、次もたぶん誘われる。けど最初から中心にいるわけじゃない。


 そういうのは前から知ってた。


 知ってたはずなのに、こうやって言葉にされると少しだけ輪郭が出る。


 放課後、教室を出るタイミングで、後ろの方から声が飛んだ。


「ユウ、帰る?」


「ん、帰る」


「途中まで一緒でいい?」


「いいよ」


 それで俺はまた誰かと一緒になる。

 嫌われてるわけじゃない。むしろ声はかかる。こういう“途中まで”とか、“ついでに”とか、“今ちょうどいたから”みたいな繋がりはちゃんとある。


 階段を下りて、昇降口で靴を履き替えて、門を出るまでの間に、相手は部活の話をして、教師の愚痴を言って、途中で別の知り合いを見つけてそっちへ手を振った。俺もつられて少し笑う。会話は切れない。気まずくもならない。


 でも、駅へ向かう交差点で相手が「あ、俺こっち」と言った瞬間、そこで全部きれいに終わった。


「じゃあまた明日」


「おう、また」


 また。

 その軽さは便利だ。


 次が確定してなくても言えるし、別に次がなくても変じゃない。

 人間関係って、大体そういう曖昧な言葉で繋がってる。


 俺は一人になって、歩きながら端末を見た。会話欄はいくつか動いてる。誰かが写真を送ってきて、別のところでは短い動画が流れて、夜の通話の時間を聞いてるやつがいる。返せる相手はいる。話せる相手もいる。


 なのに、ふとした瞬間に思う。


 俺、今どこにいるんだろうな、って。


 教室の後ろにもいられる。

 窓際にもいられる。

 廊下側にもいられる。

 帰り道も、夜の通話も、仮想空間の遊びも、一応どこでも入れる。


 でも「じゃあお前はどこなの」って聞かれたら、少し困る。


 家に帰ってから、机の上に放ってあった写真立てを何となく見た。前に学校行事で撮った集合写真だ。皆が雑に肩を組んで、何人かは変な顔して、何人かは目を閉じてる。俺もそこに写ってる。端じゃないけど真ん中でもない。笑ってはいる。楽しそうにも見える。


 でもその写真を見て、そこに写ってる誰が俺の友達かと考えると、少し止まる。


 話せるやつはいる。

 気まずくないやつもいる。

 遊べるやつもいる。

 でも“友達”って言葉を置くと、急に境目が曖昧になる。


 変な話だ。


 普段はそんなこと考えないのに、こういう時だけ言葉がやたら重くなる。


 夜、約束してた通話に入ると、向こうはもう何人か揃っていた。笑い声が重なってて、その中へ自分の声を混ぜるまでに数秒だけかかる。けど、混ざってしまえば普通だ。


「お、ユウ来た」


「来た来た」


「今日遅くね?」


「ちょっとだけ」


 それだけで居場所っぽいものはできる。

 少なくとも、その瞬間だけは。


 誰かがゲームの話をして、別のやつが変な失敗を笑って、俺も適当に突っ込む。沈黙はない。話題も困らない。何なら教室より楽な時もある。顔が見えない分、合わせる場所が少なくて済むから。


 でも、通話ってたまに不思議だ。


 声だけだと、近い感じがする。

 同じ空気の中にいるみたいに錯覚する。

 深夜だと特にそうだ。静かな部屋で、耳のすぐ近くに誰かの笑い声があると、一人じゃないみたいな気がする。


 それなのに、切れた瞬間、何も残らない。


 その夜も、皆で笑って、どうでもいい話をして、気づけば日付が変わる少し前になっていた。


「じゃ、そろそろ落ちるわ」


「おつ」


「また明日なー」


「おやすみ」


 いつもの流れで終わる。

 俺も「おやすみ」と言って、通話を切った。


 部屋が急に静かになる。


 耳の中だけが、さっきまでの声をうっすら覚えてる。

 でもそれも、数分で消える。


 机の前に座ったまま、俺はしばらく動かなかった。


 さっきまで誰かといた。

 今も会話欄を開けば、たぶん誰かは返してくる。

 明日も教室へ行けば、話す相手はいる。

 昼だって、一緒に食うやつは見つかる。


 なのに、この静けさはいつも同じだ。


 埋まらない、とまでは言わない。

 そんな大げさなものでもない気がする。


 ただ、薄い。


 全部が少しずつ薄い。

 笑ったことも、話したことも、誘われたことも、写真に写ったことも、今この手の中にある会話欄も。


 ある。

 ちゃんとある。

 でも、強くは残らない。


 俺は端末を開いて、動いてるやり取りをぼんやり見た。

 スタンプみたいな短い返事。

 写真への反応。

 今度どこ行く、みたいな軽い話。

 全部、普通だ。


 普通に人と繋がってるように見える。

 たぶん実際、繋がってもいる。


 でも、どこにも属してないっていう感覚だけが、たまに霧みたいに残る。


 はっきり見えるわけじゃない。

 でも、消えもしない。


 俺は端末を伏せて、天井を見た。

 部屋の明かりは少し白すぎて、夜にはあんまり合わない。


 明日になれば、また誰かと話す。

 それでたぶん、今日のこの感じも少し薄くなる。


 そうやってずっとやってきた。

 たぶん明日も同じだ。


 それでいい。

 少なくとも、一人よりは。


 そう思って、目を閉じた。

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