表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
IRIS-Log-Archive  作者: IRIS
青春と霧_IRIS.log

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

198/258

誰とでも話せる

 昼休みは、日によって座る場所が変わる。


 それを不安定だと思ったことはない。むしろ一つの場所に決めてしまう方が危ない気がする。そこに入れない日ができたら終わりだし、空気が変わった時に逃げ場がなくなる。だったら最初からいくつか居場所っぽいものを持っておいた方がいい。教室の真ん中あたり、窓際、廊下側、たまに中庭。誰と食うかも、その日の流れで変わる。


 今日は窓際だった。


 最初は別のやつの机の周りにいたんだけど、途中で誰かが飲み物買いに行くって言い出して、気づいたらそのまま人が散って、俺は別の輪へ滑り込んでた。こういうのは説明しづらいけど、別に難しくない。残った会話の温度に、自分の温度を合わせるだけだ。


「それでさ、あいつマジで来なかったんだって」


「え、うそ」


「うそじゃないって。連絡も返してなかったらしい」


 笑いながら聞く。

 適当に驚く。

 あとは向こうが勝手に続けてくれる。


 俺は箸で弁当の冷えた卵焼きをつつきながら、話してる三人の顔を順番に見た。こういう時は、誰が中心で喋ってるかを見るのが早い。真ん中で声の大きいやつに視線をやりつつ、隣で笑ってるやつにもちゃんと反応しておくと、うまく回る。


「ユウってさ、そういうの普通に断れそうだよな」


 唐突にそう振られて、俺は少し笑った。


「いや、内容によるだろ」


「でも何か、ちゃんとしてるじゃん」


「何それ」


「いや、何となく」


 ちゃんとしてる、の意味はよく分からなかったけど、悪い意味じゃないのは分かった。だから軽く笑って流す。こういう曖昧な評価に変に突っ込まないのも大事だ。相手はだいたい、自分が言ったことの意味をそこまで深く考えてない。


 窓の外では、風が少し強かった。校庭の端の木が揺れている。春とも冬ともつかないような微妙な空気が、窓の隙間から細く入ってきていた。


 食べ終わる頃、別のやつが寄ってきて、放課後の話になった。


「今日どうする? 駅前寄る?」


「俺、たぶん行ける」


「あ、じゃあユウも来る?」


 来る? と聞かれて、俺はほんの一瞬だけ間を置いた。間を置いたのは迷ったからじゃない。相手がどれくらい気軽に言ってるのかを見るためだ。こういう時、相手が本気で来てほしいのか、流れで言ってるだけなのかで、乗り方が変わる。


「行く行く」


 軽く返す。

 それで十分だった。


「じゃ、あとで連絡するわ」


「了解」


 そんな感じで、予定はできる。

 別に特別な約束じゃない。

 でも放課後に一人じゃなくて済むなら、それでいい。


 午後の授業は半分くらい流していた。窓側の席から見える空は明るかったけど、教室の中は眠い。前の席のやつが何度も舟を漕いでいて、教師の声はところどころ耳に入ってこない。俺は板書を適当に写しながら、卓の中で端末を見た。短い連絡がいくつか来ている。別の組のやつから質問、前に一緒に遊んだやつから動画、夜に通話どうするって会話欄。返そうと思えば返せるし、少し遅れても問題ない程度のやつばかりだ。


 それを見て、少し安心する。


 俺はちゃんと繋がってる。

 そう思える材料が、画面の中にはいつもいくつかある。


 放課後、駅前には結局五人集まった。最初に声かけてきたやつ、昼に一緒に食ってたやつ、その友達、そのまた知り合い。全員とべったり仲がいいわけじゃないけど、顔は知ってるし、会話は回せる。そのくらいの距離が一番楽だ。


 店に入って、甘い飲み物を頼んで、どうでもいい話をした。授業のこと、教師のこと、噂話、最近見た動画、たまに進路。誰かが笑えば、皆が笑う。沈黙ができそうになったら、別の誰かが適当に埋める。そういう普通の時間だった。


 途中で写真を撮る流れになった。誰かが「せっかくだし」と言って端末を構えて、五人で寄る。俺も普通に入る。笑って、指を立てて、撮ったあと画面を覗き込んで「悪くなくね」とか言う。


 その写真に写ってる俺は、ちゃんとそこにいた。浮いてもいないし、暗くもない。普通に笑ってる。たぶん後から見返しても、普通に楽しそうな写真に見えると思う。


 実際、その時の俺は楽しかった。

 嘘じゃない。


 でも帰り際、皆が何となく次の話をし始めた時、少しだけ空気が変わった。


「じゃあ今度さ、あいつらも呼ぼうぜ」


「いいね」


「てか来週、あの件どうする?」


「あー、あれな」


 “あの件”が何か、俺にはぴんと来なかった。前に聞いてたかもしれないし、ここに来る前の話かもしれない。たぶん深くはない。ただ、皆の中では共有されてるらしい温度だけが先にあった。


「ユウ、来れる?」


 その言い方は自然だった。

 でもその前に、俺が知らない話が一拍分だけあったことも分かる。


「たぶんいける」


「じゃあまた連絡するわ」


 またそれで終わる。

 不自然ではない。

 嫌われてもいない。

 ただ、最初からそこにいたわけじゃないってだけだ。


 駅で別れて、一人になった瞬間、掌の中の端末が震えた。別の会話欄だった。夜、仮想空間の遊びに来るかどうかの確認。俺はすぐに返事をした。


 行く、と。


 帰り道の風は少し冷たかった。人といた時の温度が抜けていくのが早い。笑って、喋って、何となく一緒に歩いていた時間が、離れた途端に薄くなる。


 家に着いて、夕飯を食って、風呂に入って、夜になったら俺はまた別の場所へ繋がる。端末を立ち上げて、名を呼ばれて、適当に笑って、そこでまた誰かといる。


 それでいい。

 それで足りる。

 たぶん。


 少なくとも、何もない部屋で一人きりよりは、ずっとましだ。


 そう思いながら、俺は夜の約束の時間を待った。


 誰とでも話せるっていうのは、悪いことじゃない。

 むしろ便利だ。

 ちゃんと生きていくためには、そういう方がいい。


 俺はたぶん、間違ってない。


 そう思ってる。


 今のところは、まだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ