珍しい獲物
数日後、村で騒ぎが起きた。
昼を少し過ぎたころ、港のほうから大きな笑い声が聞こえてきた。俺は別の浜で網を干していたが、戻る途中で何人もの顔なじみが浮き足立っているのを見た。女たちは大皿を運び、男たちは酒樽を引きずっている。
「シン、遅いぞ!」
誰かがそう叫んだ。
「今日は宴だ、宴! 珍しい獲物が上がった!」
胸の奥がざわついた。
何だ、と聞くべきだった。だが聞きたくなかった。理由もなく、足の裏が冷えるような気がしていた。
広場には火が焚かれ、大きな卓がいくつも並べられていた。焼いた魚の匂い、酒の匂い、笑い声。陽はまだ落ちきっていないのに、もう祭りのような騒ぎだった。
その奥、一番大きな卓のところに人だかりができていた。
「おい、見ろよシン」
背中を押される。
「こんなの二度と食えねえぞ」
人の肩越しに、大皿が見えた。
最初に目に入ったのは、料理じゃなかった。
白い花だった。
皿の端に添えられた、小さな白い花。浜の斜面で咲く、見慣れた花。俺が何度も摘んで、何度もナギに渡した花と、同じ花だった。
その瞬間、目の前のものが何なのか分かってしまった。
形はもう崩れていた。火が通され、切り分けられ、きれいに並べられていた。けれど白い肌の名残と、鱗の光る端と、人に近すぎる腕の線で充分だった。
頭の中で、波の音がした。
誰かが笑っていた。
「ほんとにいたんだな」
「若い女みてえな顔してたぜ」
「こりゃあ効きそうだ」
「長生きできるぞ」
笑い声。酒の匂い。焼けた脂の匂い。
吐き気がこみ上げた。けれど吐けなかった。足も動かなかった。ただ皿の白い花だけが、やけに鮮やかだった。
あれは俺が渡した花ではない。けれど、俺が渡していたのと同じ花だった。
「ほら、シン、おまえも食えよ」
誰かの声がした。
俺は見られなかった。
手の中に、貝がらがあった。いつかナギにもらって、懐に入れたまま忘れていたものだ。ぎゅっと握ると、縁が掌に食い込んだ。
痛かった。
痛いのに、何もできなかった。
俺はその場を離れた。誰が何を言ったのか、もう覚えていない。走ったのか、よろけたのかも分からない。ただ海のほうへ向かった。あの入り江へ。ナギと会っていた場所へ。
波だけが、いつもどおり寄せては返していた。
そこにナギはいなかった。
呼んでも、返事はなかった。
当然だった。
俺はその場に膝をつき、手の中の貝がらを見た。言えばよかった。もっと早く。もっとはっきり。来るなと。逃げろと。人間はそういうものだと。
笑い話だと思っていた。噂なんて、その程度のものだと思っていた。
けれど噂は、ときどき本当に誰かを喰う。
その日はじめて、俺はそれを知った。




