十万円
金を数える時、手が少し震えた。
皺のある札。
新しい札。
何度も数え直したせいで、指先に紙の感触が残る。
十万円あれば、できる。
九十九本の薔薇を買える。
今日は配達の仕事を先に終わらせた。
最後の荷を届けたあと、僕は何度も髪を撫でつけた。
袖のしわを直して、靴の汚れを見た。
言うことも考えた。
ずっと好きでした。
それだと子どもっぽい。
お付き合いしてください。
それだとかしこまりすぎる。
好きです。
それだけでいいかもしれない。
花屋の戸を開けると、いつもの匂いがした。
水と葉と、少し甘い香り。
「いらっしゃい」
ユリさんがいつもの声で言う。
そのいつも通りが、今日はやけに胸に刺さった。
「今日は、配達じゃなくて」
「うん」
「買いに来ました」
そう言うと、ユリさんは少しだけ目を丸くして、すぐにやわらかく笑った。
「そっか。誰かに贈るんだ」
「はい」
僕は財布の中の金を思い出しながら、唾を飲みこんだ。
「薔薇を、九十九本ください」
一瞬だけ、店の音が消えた気がした。
外を通る車の音も、バケツの水のきらめきも、みんな遠くなった。
けれどユリさんは驚いたあと、うれしそうに笑った。
「すごい。大勝負だね」
「はい」
「包むの、少し時間かかるよ」
「待ちます」
僕は椅子に座って、それを見ていた。
赤い薔薇が一本ずつ集められていく。
長さがそろえられて、余分な葉が払われて、外側がきれいに整えられていく。
その途中で、ユリさんの左手が見えた。
細い指に、輪が光っていた。
前にも見ていたのかもしれない。
見えていなかっただけかもしれない。
僕はそれを見て、それでもまだ意味を結べなかった。
人を見る目があると思っていたのに、何も分からなかった。
「どうしたの?」
「いえ」
声が少しかすれた。
ユリさんは気づかなかったみたいに、そのまま紙を巻いた。
白い紙の上に、赤が重たく乗る。
大きな花束だった。
僕が想像していたより、ずっと大きかった。
それを見ているうちに、胸の奥が冷えていった。




