半年分
花の配達は、毎日あるわけじゃない。
だから会えない日も多かった。
それでも、朝から花屋へ寄る仕事が入ると、その日は少しだけ足が軽い。
店先に白いバケツが並んでいて、水に浸かった茎が光っていて、土とも水ともつかない匂いがする。
その奥にユリさんがいる。
「今日は百合なのね」
「料亭に届ける分です」
「じゃあ、白でまとめた方がきれいかも」
そうやって、ユリさんは仕事の話をする。
たまに冗談みたいに笑う。
僕の名前を呼ぶ。
それだけで十分だと思っていたはずなのに、十分じゃなくなった。
一輪だけ余った花を、紙に包んでくれる日があった。
「練習で余ったから」と言って。
雨の日に濡れて店へ入ると、奥から手拭いを持ってきてくれた日もあった。
「風邪ひくよ」と言って。
僕はそういうひとつひとつを、勝手に特別なものにしていった。
人を見る目がある。
そう思っていた。
だから、ユリさんのやさしさが、誰にでも向くものだとはあまり考えなかった。
僕に向いていると、どこかで信じていた。
半年のあいだに、僕は仕事のあとも働いた。
荷運び、皿洗い、夜の帳簿写し。
不定期のバイトでも、積み重ねれば金になる。
使わなかった。
飯は安いもので済ませた。
欲しいものも買わなかった。
十万円。
数字にすると、それだけだ。
けれど僕にとっては、半年分の期待だった。




