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花屋の人
最初に会った時から、ユリさんはやさしかった。
「少し待ってね。今、包むから」
そう言って、花を抱える手つきがきれいだった。
花を乱暴に置くことがない。
茎をそろえて、紙を巻いて、紐を結ぶ。
その動きが静かで、見ていると胸の奥まで落ち着いた。
僕は配達票を握ったまま、ぼんやりその手を見ていた。
「アネモネ、好き?」
突然そう聞かれて、僕は慌てた。
「え、いや、好きとかは」
「きれいよ。花言葉も、わりと有名」
ユリさんは笑った。
笑うと、年上の人らしい落ち着きが少しやわらいで、近く感じた。
「何て意味ですか」
「色々あるけどね。期待とか、希望とか」
その日、僕は届け先までの道で、包み紙の端からのぞく赤いアネモネを何度も見た。
別に、僕に向けて言ったわけじゃない。
分かっている。
でも、そういう何でもない一言が、ずっと残ることってある。
それから花を受け取りに行くたび、僕は少しだけ話すようになった。
百合。
薔薇。
カーネーション。
かすみ草。
花には名前があって、意味がある。
僕はそれを、ユリさんの口から聞くのが好きだった。




