六月号の表紙
彼と別れてからも、生活は驚くほど普通に続いた。
朝は来るし、仕事にも行くし、客は服を買うし、店長は機嫌を変える。世界は私ひとりの失恋なんてまるで関係ない顔で回っていく。
それが少しだけ腹立たしくて、少しだけ安心した。
私は以前より丁寧に見えるところを整えるようになった。
部屋の棚には新しい雑誌を立てた。読んでいないけど、表紙が洗練されているからいい。ブランドの小箱も増やした。中身はメルカリで売ったあとでも、箱だけは残しておける。見えるところの床は掃除するけど、ベッドの向こう側には脱いだ服が積もる。カーテンの裏には紙袋が折り畳めずに押し込まれている。
画角の外に、生活が溜まっていく。
私はますます加工が上手くなった。肌を消して、疲れを消して、部屋の隅を切り取って、余裕のある一枚を作る。
『休みの日はちゃんと整える。忙しい時ほど、大事。』
そんな言葉を添えると、知らない誰かが救われたみたいな顔で反応してくれる。
滑稽だと思った。
でも、やめられなかった。
ある日、職場でミスをした。値札の付け替えを間違えて、レジで揉めた。店長に裏で低い声で叱られた。
「最近ほんと、上辺だけだよな」
その言葉が、胸の真ん中に刺さった。
でも私は謝り方まで綺麗にした。
「申し訳ありません。以後気をつけます」
店長はそれ以上言わなかった。言えなかったのかもしれない。私がちゃんとした顔をしていたから。
退勤後、昔よく一緒にいた友達のアカウントを開いた。結婚していた。子どもがいた。別の子は誰かと旅行に行っていた。別の子は小さな店を始めていた。
みんな、ちゃんと進んでいるように見えた。
もちろん、それだって見えるところだけなのかもしれない。けれど少なくとも、私にはそう見えた。
私は通知欄を開く。
いいねは増えている。コメントも来ている。
『アヤちゃん、ほんと自立しててかっこいい!』
『仕事できる女って感じ』
『憧れます』
私は笑う。
そう。私はひとりでも平気。
仕事も順調。
忙しいだけ。
誰とも会えないんじゃなくて、会う暇がないだけ。
頭の中で何度も唱える。
唱えていないと、崩れそうだった。
その夜、食事はコンビニのおにぎり一つで済ませた。服は脱ぎ散らかしたまま。洗面台には使いかけのスキンケアが並び、鏡にはうっすら水垢が残っていた。
それでも私は、棚の上だけを整えて写真を撮った。
その一角だけは、完璧だった。
六月号の表紙みたいに。




