小さな成功体験
私が最初に覚えたのは、嘘じゃなくて省略だった。
全部言わない。全部やらない。けれど、人が喜ぶ形だけは外さない。
それだけで褒められることを、私は早くに知ってしまった。
小学生の頃、家庭科の授業でエプロンを作った。大半は母が縫ってくれたのに、学校では「自分でほとんどやった」と言った。先生はすごいねと笑ったし、隣の子は羨ましそうに見た。悪いことをしたとは思わなかった。だって、仕上がりは綺麗だったから。
中学では、委員会の資料を少しだけ見やすく整えて、「アヤがまとめてくれた」と感謝された。高校では、友達の恋愛相談をうまく聞いているふりをして、「アヤって大人だよね」と言われた。
大人、しっかり者、頼れる、きれい、センスがいい。
そういう言葉は、柔らかいリボンみたいに私に巻きついて、それらしく見せてくれた。
私はその感触が好きだった。
今の職場でも同じだ。
細かな採寸は苦手だし、在庫管理はよく抜ける。売上も飛び抜けてはいない。けれど、流行の言葉をそれらしく並べたり、客の前で余裕のある顔をするのは得意だった。
「こちら、今季かなり人気で」
「抜け感が出るので」
「きれいめにも崩せます」
自分でも何を言っているのか曖昧なまま、相手が納得する顔をすると、それっぽく着地する。
閉店後、店長に軽く呼び止められた。
「アヤ、最近少し気が散ってる?」
「そんなことないですよ」
「本当? まあ、外見はちゃんとしてるんだけど」
その言い方が少しだけ引っかかった。
外見は。
そこだけ聞けば褒め言葉なのに、その奥にあるものが透けて見える気がした。でも私は笑った。笑って、受け流した。
帰り道、彼から連絡が来た。
『今日そっち行っていい?』
いいよ、と返す。すぐに、部屋の見える範囲だけを整える。テーブルの上のコンビニ弁当の空き容器を捨てる。洗っていないマグカップを流しの奥へ押しやる。ベッドの上の服は片側へ寄せて、クッションを置く。
彼は顔が良くて、金もある。
少なくとも、そう見える。時計も靴も車も、それなりに高そうだった。私は彼の隣に立つ自分が好きだった。よく似合っていると思えた。
玄関のベルが鳴る。
開けると、彼は片手に紙袋を持っていた。
「はい、これ」
「え、なに?」
「この前ほしいって言ってたやつに近いやつ」
中身は小さなスカーフだった。本当に私がほしかったものより、少し安いものだとすぐ分かった。それでも私は嬉しそうに笑ってみせた。
「ありがとう。センスいいね」
彼は部屋に上がって、ソファにもたれた。スマホをいじりながら、適当に相槌を打つ。私はキッチンでグラスを出し、冷えた缶を開ける。
こうしていると、それなりの生活に見えた。
仕事もしていて、恋人もいて、部屋もきれいで、ひとりでもちゃんと生きている女。
見えるところだけを繋ぎ合わせれば、十分それらしい。
私はまだ、その継ぎ目がどこまで持つのか考えていなかった。




