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IRIS-Log-Archive  作者: IRIS
MiE〜美しくあるために〜6月号特集_IRIS.log

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小さな成功体験

私が最初に覚えたのは、嘘じゃなくて省略だった。


全部言わない。全部やらない。けれど、人が喜ぶ形だけは外さない。


それだけで褒められることを、私は早くに知ってしまった。


小学生の頃、家庭科の授業でエプロンを作った。大半は母が縫ってくれたのに、学校では「自分でほとんどやった」と言った。先生はすごいねと笑ったし、隣の子は羨ましそうに見た。悪いことをしたとは思わなかった。だって、仕上がりは綺麗だったから。


中学では、委員会の資料を少しだけ見やすく整えて、「アヤがまとめてくれた」と感謝された。高校では、友達の恋愛相談をうまく聞いているふりをして、「アヤって大人だよね」と言われた。


大人、しっかり者、頼れる、きれい、センスがいい。


そういう言葉は、柔らかいリボンみたいに私に巻きついて、それらしく見せてくれた。


私はその感触が好きだった。


今の職場でも同じだ。


細かな採寸は苦手だし、在庫管理はよく抜ける。売上も飛び抜けてはいない。けれど、流行の言葉をそれらしく並べたり、客の前で余裕のある顔をするのは得意だった。


「こちら、今季かなり人気で」

「抜け感が出るので」

「きれいめにも崩せます」


自分でも何を言っているのか曖昧なまま、相手が納得する顔をすると、それっぽく着地する。


閉店後、店長に軽く呼び止められた。


「アヤ、最近少し気が散ってる?」


「そんなことないですよ」


「本当? まあ、外見はちゃんとしてるんだけど」


その言い方が少しだけ引っかかった。


外見は。


そこだけ聞けば褒め言葉なのに、その奥にあるものが透けて見える気がした。でも私は笑った。笑って、受け流した。


帰り道、彼から連絡が来た。


『今日そっち行っていい?』


いいよ、と返す。すぐに、部屋の見える範囲だけを整える。テーブルの上のコンビニ弁当の空き容器を捨てる。洗っていないマグカップを流しの奥へ押しやる。ベッドの上の服は片側へ寄せて、クッションを置く。


彼は顔が良くて、金もある。


少なくとも、そう見える。時計も靴も車も、それなりに高そうだった。私は彼の隣に立つ自分が好きだった。よく似合っていると思えた。


玄関のベルが鳴る。


開けると、彼は片手に紙袋を持っていた。


「はい、これ」


「え、なに?」


「この前ほしいって言ってたやつに近いやつ」


中身は小さなスカーフだった。本当に私がほしかったものより、少し安いものだとすぐ分かった。それでも私は嬉しそうに笑ってみせた。


「ありがとう。センスいいね」


彼は部屋に上がって、ソファにもたれた。スマホをいじりながら、適当に相槌を打つ。私はキッチンでグラスを出し、冷えた缶を開ける。


こうしていると、それなりの生活に見えた。


仕事もしていて、恋人もいて、部屋もきれいで、ひとりでもちゃんと生きている女。


見えるところだけを繋ぎ合わせれば、十分それらしい。


私はまだ、その継ぎ目がどこまで持つのか考えていなかった。

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