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IRIS-Log-Archive  作者: IRIS
MiE〜美しくあるために〜6月号特集_IRIS.log

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見えるところだけ

朝、鏡の前に立つ。


顔色は悪くない。昨日の夜に少し泣いた気がするけど、冷やして寝たから腫れもほとんどない。下地を薄く伸ばして、目の下を明るくして、頬に少しだけ血色を足す。唇は淡い色。やりすぎない。頑張っている感じは出さない。余裕がある感じだけを置いていく。


部屋を見回す。


ベッドの上には昨日脱いだ服がぐしゃぐしゃに置かれていた。黒いワンピース、キャミソール、買ったばかりのブラウスの袋。全部まとめて端へ寄せる。スマホの画角に入る棚の上だけ整えて、そこにブランドの箱を置いた。中身はもう空っぽだけど、そんなことは分からない。もらったことにした紙袋も、さりげなく床に立てかける。


観葉植物を少しだけ前に出して、香水瓶を光の当たる位置にずらす。


完璧。


私はアパレルの仕事をしている。


そう言うと、だいたいの人は少しだけ目を丸くする。おしゃれ、華やか、都会的。そんな言葉を勝手にくっつけてくれる。実際の私は売場の隅で在庫を数えたり、客に合う顔を貼り付けたり、店長の機嫌で空気が変わる狭い職場で、毎日ぎりぎり息をしているだけだけど、「アパレル」という響きは便利だった。


私はそれに縋っている。


通勤電車の窓に映った自分を見て、少しだけ顎を上げる。


スマホが震えた。大学時代の友達のグループだ。


『今度ご飯どう?』


私は指先だけで笑う。


『ごめん、最近ほんと仕事が立て込んでて』

『アヤって相変わらず忙しそうだね〜』

『落ち着いたらまた行こ!』


それで終わる。


誰も本当に予定を合わせようとはしないし、私もその先まで踏み込ませない。忙しい女は、少し格好いい。誘いを断る理由としても、ひとりでいる理由としても、これ以上便利なものはない。


店に着くと、同僚のミホが開店準備をしていた。


「アヤさん、昨日頼んでた入力、まだですよね?」


「あ、ごめん。あとでまとめてやる」


「今日、午前中に本部へ送るやつなんですけど」


責める言い方ではなかった。むしろ気を遣っている声だった。


私は笑って、髪を耳にかけた。


「平気。そういうの慣れてるから」


慣れてなんかいない。昨日は閉店後に彼と会って、そのまま帰って、メイクも落とさずベッドに倒れただけだ。入力なんて一文字もしていない。


でも、言い方ひとつで空気は変わる。


平気。余裕。慣れてる。任せて。


そうやって口にすると、本当にそう見える時がある。


昼休憩、店の裏でスマホを開く。整えた棚の前で撮った自撮りにフィルターをかける。肌をなめらかにして、輪郭を少しだけ細くして、光を足す。


『今月もばたばた。でもちゃんと自分を大事にしたい。』


投稿して、すぐに画面を伏せる。


見なくても分かる。いいねはつく。褒める言葉もいくつか来る。みんな、見えるところしか見ない。だから私は、安心してそこだけを磨ける。


それで十分だと思っていた。


少なくとも、この時はまだ。

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