高い門
その男は、礼を言う代わりに、まず医者を呼んだ。
大げさだと思った。
頬が切れて、腹を蹴られたくらいだ。珍しくもない。
でも、傷薬を塗られた時、痛みより先に、こんなふうに手当てされたのが初めてで、そっちに驚いた。
俺は門の前に立っていた。
高い。
見上げるほど高い。
鉄で飾られた大門の向こうには、別の街があるみたいだった。
石畳は割れていないし、窓にはちゃんと硝子がはまっているし、花まで咲いている。
同じ国の、同じ空の下だなんて、嘘みたいだった。
「入れ」
男に言われて、一歩だけ迷った。
俺みたいなのが入っていい場所じゃない。そういうのは見ればわかる。
「汚れる」
「床は拭けばいい」
「臭いかもしれない」
「風呂に入ればいい」
「……騙してないか」
「その必要がない」
それもそうかと思った。
屋敷の中は、静かで広かった。
歩くたび、自分の足音が場違いに響く。
壁には絵があって、棚には本があって、暖炉には火が入っていた。
見たことのないものばかりで、見ているだけで落ち着かない。
「座れ」
「そこ?」
「椅子が嫌なら立っていてもいい」
「……座る」
ふかふかすぎて逆に座りづらい。
こんなのに慣れてるやつは、尻まで上品なのかもしれない。
男は向かいに座った。
「私はこの家の主だ」
「そう」
「お前は?」
「名無し」
「名がないのか」
「ない」
男は驚いた顔をしなかった。
そこが少し気楽だった。
「何をして生きている」
「拾えるもん拾って、食えるもん食ってる」
「盗みは?」
「しない」
「なぜ」
「嫌だからだ」
また同じ答えになった。
けれど男は、また同じように頷いた。
「お前は変わっている」
「そうかもな」
「その歳で、腹を空かせながら、それでも盗まないのは珍しい」
「褒めてる?」
「褒めている」
そう言われると、妙にむず痒い。
しばらくして、使用人が茶を運んできた。
俺の前には茶じゃなく、水が置かれた。たぶん気を遣われたんだろう。
それだけで、なんだか負けた気がした。
「腹は減っているか」
「……減ってる」
「そうだろうな」
男はごく当たり前の顔で言った。
当たり前すぎて、笑いそうになった。




