腹の音
朝から何も食っていなかった。
昼を過ぎるころには、腹の虫も鳴く元気がないみたいで、逆に気味が悪かった。
市場の裏をうろついても、もう拾えるものは大体拾われた後だ。
肉屋の前には骨すら落ちていない。パン屋の裏には、今日は犬の方が先にいた。
仕方なく、人の流れに混じって大通りへ出た。
大通りは嫌いだ。
綺麗な服を着たやつらが歩いていて、俺みたいなのがそこにいるだけで、目障りだと言いたげな顔をする。
でも、人が多い場所には、時々運が落ちている。
本当に、落ちていた。
革の財布だった。
黒くて、角が擦れているくせに、安物には見えない。
たぶん、持ち主はそれなりの身分のやつだ。
俺はすぐに拾って、胸の内側に隠した。
そのまま走って逃げれば、中に入っている金でしばらく生きられただろう。
温かい飯も食えたかもしれない。
腹いっぱいになるまで、噛みしめて食うことだってできたかもしれない。
でも、足は止まった。
返すべきだ。
そう思った瞬間、我ながら馬鹿だと思った。
この街でそんな考えを持ってるやつは、大抵早死にする。
それでも俺は、財布を握ったまま、人混みを見回した。
少し先で、立派な外套を着た男が立ち止まっていた。
腰の辺りを探る手つきが、急に忙しなくなる。
ああ、あいつだ。たぶんあいつの財布だ。
そう思って近づこうとした時、横から細い腕が伸びてきた。
財布を奪われそうになって、反射で握り込む。
相手は同じくらいの歳のガキだった。骨ばって、目だけぎらついている。
「寄こせよ」
「嫌だ」
「拾ったのはお前でも、持ってくのは早い者勝ちだろ」
「違う。返すんだ」
俺がそう言うと、そいつは一瞬だけ、本気で意味がわからないみたいな顔をした。
それから、腹を抱えて笑いそうになりながら、舌打ちした。
「馬鹿じゃねえの」
そうかもしれない。
でも、馬鹿でもいい。
俺は財布を抱えたまま、そいつの肩を突き飛ばして走った。




