腹の虫と眠る場所
野良の一日は忙しい。
人間は仕事がどうとか学校がどうとか言うらしいが、吾輩から見れば、連中の方がよほど気楽だ。決まった時間に決まった場所へ行けばいい。腹が減れば金を払って食う。疲れたら家に帰る。
吾輩には家がない。だから、腹が減れば探すしかないし、疲れれば安全な場所を見つけるしかない。どれも毎日少しずつ違う。
今日は食えるのか。今日は濡れずに済むのか。今日は喧嘩をしなくて済むのか。そういうことの方が、よほど切実だ。
午前中はうまくいった。魚屋の裏で小さい切れ端を見つけ、昼には庭先の植木の陰で眠れた。だが、午後になると空が曇り始めた。風も出てきた。嫌な予感がする。
雨の日は嫌いだ。毛が濡れるし、体温が奪われるし、匂いも流れて獲物を追いにくくなる。人間は傘だの屋根だのを持っていてずるい。
雨が来る前に寝場所を確保しようと、吾輩はいつもの物置の裏へ向かった。だが、そこにはすでに別の猫がいた。白っぽい雌猫で、腹を大きくしている。睨んでみたが、向こうは動かない。動けないのかもしれない。
仕方なく譲った。
別に優しいわけではない。ただ、相手を追い出すにも体力を使う。腹の大きい猫は必死だから、やり合うと面倒だ。それだけだ。
代わりの場所を探して歩いているうちに、ぽつりと雨が落ちてきた。嫌な感じだった。最初は小さかった粒が、あっという間に数を増やす。吾輩は走った。二軒先の家の車の下に滑り込む。
鉄の匂いと、土の匂いと、古い油の匂いが鼻を刺した。狭くて暗いが、雨は当たらない。車の下は悪くない。夏は暑いこともあるが、今日は助かった。
丸くなっていると、タイヤの向こうに小さな靴が見えた。あの女の子だった。白い帽子はなく、髪が少し湿っている。しゃがんでこちらを覗き込んでくる。
吾輩は低く唸った。
見せ物じゃない。行け。
女の子はびくりと肩を揺らしたが、泣かなかった。少し下がってから、何かを家の中へ取りに行く。戻ってきた時には、小さな皿を持っていた。皿には水が入っている。
吾輩は目を細めた。
いらない、とは言わない。だが、すぐには飲まない。野良は警戒深くないと死ぬ。人間が差し出すものを何でも口にするほど、吾輩は間抜けではない。
女の子は皿を車の近くに置き、また少し離れた。そして、何もせずに座り込んだ。
雨の音が強くなる。屋根を叩く音、地面を打つ音、排水溝へ流れていく音。女の子は濡れた靴の先を見ながら、ときどきこちらへ目をやる。
吾輩はしばらく様子を見ていたが、結局、水を飲んだ。
冷たくてうまかった。
女の子はそれを見て、少しだけ笑った。歯を見せない、小さな笑い方だった。野良に向ける顔としては悪くない。
その日の雨は夜まで続いた。女の子は途中で家の中へ呼ばれ、いなくなった。吾輩は車の下で眠った。
人間の家の近くは、やはり少しあたたかい。




