プロローグ
オカルトが嫌いだ。
見えたと言う者の言葉で形を変え、聞いたと言う者の顔色で重みを変え、噂ひとつで人の口を渡って膨らんでいくようなものを、私は信用しない。怪談も、奇跡も、虫の知らせも、神のお告げも、同じだ。そこに何かがあったのだとしても、確かめようのないものは法の外に置かれるべきだと、私は思っている。
私が信じるのは、自分の目で見たものだけだ。
見たものを記し、読める形に整え、誰が見ても同じ順番で辿れるようにする。余計な感情を削り、声の震えや涙の量ではなく、何があったかを紙の上へ並べる。そうして残された記録だけが、後から来る誰かにとっての目になる。
私は判決記録補佐として、その仕事に従っている。
華やかな役職ではない。廷吏のように人前へ出るわけでも、判事のように最後の言葉を与えるわけでもない。だが、どれほど厳格な裁きも、最後に文にならなければ残らない。誰が何を言い、どの証拠が採られ、どの理屈によって判決へ至ったか。それを取り違えずに書き留める者がいなければ、法はその場限りの声で終わってしまう。
私は、それが嫌だった。
声は消える。顔も老いる。だが記録は残る。残るものだけが、公平でいられる。
だから私は机に向かう。朝から晩まで紙を捲り、証言を揃え、日付を確かめ、文言を整える。判事の癖も、検察側の言い回しも、弁護側の苦しい反論も、私にはどうでもよかった。必要なのは、そこに何があったかだ。誰が正しいと思ったかではなく、何が記されるべきかだけが重要だった。
少なくとも、私はそう信じていた。
あの一家四人殺害事件の記録が、私の机へ運び込まれるまでは。
革紐で束ねられた書類は、持ち上げた時にずしりと重かった。表紙の端には黒いインクで事件番号が記され、その下に、簡潔な文字で概要が添えられている。
被害者四名。父、母、長女、長男。
一家全員、死亡。
私は紐を解いた。紙の端が乾いた音を立てる。最初の頁には、現場検分の要約。続く頁には近隣住民の証言。さらに捲れば、被疑者の経歴、職歴、素行に関する記録。
そこまで読んだ時点で、私は小さく息を吐いた。
なるほど、と思ったのだ。
血に慣れた仕事の男。現場近くでの目撃。被害者家族とのいざこざ。粗暴と噂される気性。これほど揃えば、法廷へ運ばれるのも当然だった。
紙の上には、もう輪郭が見え始めていた。誰が何をしたのか、その形が。
私は燭台の火を少し寄せ、最初の頁へ視線を戻した。
記録は、ここから始まる。




