プロローグ
「あなたは祝福を信じますか?」
そんな胡散臭い一文が、白地に金の箔押しで表紙いっぱいに書かれていた。
駅前の古本屋の百円棚。漫画の抜け巻きや時代遅れの資格本のあいだに、場違いなくらい気取った顔で差し込まれていたその薄い本を、俺は立ち読みしかけて、すぐに閉じた。
祝福。
開運。
運命。
願いは叶う、信じれば道は開ける、見えない力があなたを導く――。
中身もだいたいそんな感じだった。
途中の見出しに「望む未来を想像しなさい」とあって、思わず鼻で笑ってしまう。
そんなので何か変わるなら、世の中もっと楽だろ。
俺は本を棚へ戻した。
指先に、古本特有の乾いた紙の感触だけが残る。
店の外へ出ると、夕方の空気は少しぬるかった。
四月の終わり。制服の上着を着るには暑いのに、脱ぐにはまだ少し早い。そんな中途半端な季節だった。
駅前のロータリーでは塾帰りらしい小学生が騒いでいて、コンビニの前では高校生がアイスを食べながら笑っていた。道路の向こうにはスーパーの赤い看板。横断歩道の白線。どこにでもある町の、どこにでもある夕方。
俺はその風景を、何となく見ていた。
何となく、というのが一番近い。
特別嫌なことがあったわけじゃない。
でも、何かがいいわけでもない。
こういうとき、たぶんみんなは普通に家へ帰って、普通に飯を食って、普通に寝るんだろう。
俺もそうする。
ただ、その「普通」の中に、自分の居場所がぴったり収まっている感じが、あまりしなかった。
帰ったら母さんに「寄り道しないで」と言われる。
父さんは今日も帰りが遅い。
夕飯のあと、宿題をやったふりをして、スマホで動画を見て、それで一日が終わる。
分かっている。
でも、その分かりきった流れを頭の中でなぞっただけで、少しだけ息が詰まる。
さっきの本の最後のページに書いてあった一文が、なぜか頭の隅に引っかかった。
――あなたが本当に望むものは、目覚めた先にありますか?
意味なんて分からない。
分からないし、別にどうでもよかった。
それでも、忘れなかった。




