九十九話目まで
八十話を越えるころ、教室の外はすっかり夜だった。
見回りの教師は来なかった。廊下の向こうから物音もしない。校舎全体がもう眠っていて、この教室だけが起きているように感じられた。
「はい、八十一。俺いきます」
勢いのある声は、もう最初ほど軽くなかった。
話したのは、古いアパートの郵便受けの話だった。
引っ越してきたばかりの部屋の郵便受けに、毎朝、自分の名前だけが書かれた白紙の封筒が入っている。捨てても燃やしても、次の日また届く。ある朝とうとう中を開いたら、小さく一文だけ書いてある。
――まだここにいるんだね
「それ、地味にやだ」
「やめて、郵便受け見れなくなる」
「次、私」
八十六話目は、踏切の話だった。
夜中、遮断機も鳴っていないのに、一人だけ踏切の前でずっと待っている女がいる。追い越すと、次の踏切にも、その次の踏切にも、同じ女がいる。
九十話目では、ウチが笑いながら話し始め、途中から笑わなくなった。
祖母の家に泊まったとき、夜中に二階から何か重いものを引きずる音がした。朝になって祖母に聞くと、「あそこはもう階段を外した」と言われた、という話だった。
「……あと何話?」
「九十二」
「うわ」
「ここまで来たら逆に短い」
「短いって言うな」
九十三、九十四、九十五。
ぼくは、夕方の公園の砂場に埋まっていた手の話をした。
僕は、アパートのベランダに干していない服が揺れている話をした。
俺は、友達の家で撮った集合写真にだけ、自分の顔が毎回違う話をした。
それから、九十九話目まで一気に進んだ。
九十六話目。
九十七話目。
九十八話目。
九十九話目は、私だった。
夜の図書館で、貸出記録にない本を見つける話。背表紙に題名もなく、開くたびに一ページだけ増えている本。その増えた一ページには、次に図書館へ来る人間の名前が書いてある。最後にめくられたページには、自分の名前と、来館時刻が今日の時刻で載っていた、という話だった。
話が終わると、誰もすぐに動かなかった。
「……終わった?」
「いや、まだ」
「百、だれ」
「順番的に……」
そこで、輪の上に短い沈黙が落ちた。
誰が話す番か、みんな分かっているようで、分かっていないようだった。ここまで順番は崩れずに回っていたはずなのに、九十九話目のあとで、妙に数え方が曖昧になっていた。
「え、次、誰だっけ」
「僕?」
「いや、さっき話してなかった?」
「俺じゃない」
「ウチも違う」
「ぼくも……たぶん」
たぶん、という言葉だけが、場に細く残った。
そのあと、誰も何も言わないうちに、話が始まった。




