数だけは進む
二十話目を過ぎたころには、もう誰も「本当に百までやるの?」とは言わなくなっていた。
やると決めたことが、そのまま続いていた。
途中で飴を回した。
紙パックの飲み物を開ける音がした。
窓の外では一度だけ、遠くを走る車の音がして、すぐに消えた。
「じゃ、次ウチな」
場を回す軽い声が響く。
「これは、ウチの従姉妹の学校の話。夜遅くまで文化祭準備してて、最後に見回りしたんやって。そしたらさ、廊下の端のトイレだけ、ずーっと個室の鍵が閉まっとるの。ノックしても返事ないし、先生ももう帰ったあと。で、しゃーないから用務員さん呼んできて、一緒に開けたんやって」
少し笑うような調子のまま、言葉だけが湿っていく。
「中、誰もおらんかった。でも便座のふた、閉まっとって。用務員さんが何気なく開けたら、水の上に髪の毛だけ浮いとったんやって。長い長い黒髪。で、その髪、流しても流しても、次の日にはまた浮いとるらしい」
「それ行きたくなくなるやつ」
「学校のトイレはずるいって」
「いや、でも分かる。舞台が近いと嫌」
話が終わるたび、誰かが明るい方向へ戻そうとする。けれど戻りきらない。少し暗くなったまま、次へ渡っていく。
三十二話目では、落ち着いた声が、山道で見つけた道標の話をした。
正しい方へ曲がるたびに同じ場所へ戻ってくる。おかしいと思って最後に逆へ進んだら、道端に、曲がるたび自分を見送っていたものが立っていた、という話だった。
三十七話目では、勢いのある声が、夜の川沿いで拾った子ども靴の話をした。
片方だけ落ちていたその靴を、面白半分で電柱の上に引っ掛けた。すると次の日、自分の家の玄関に、泥のついた小さな足跡が一つだけ残っていた。
四十話目では、整った声が、病院のエレベーターの話をした。
夜間停止中の階に、押していないはずのボタンだけが赤く灯る。扉が開いても誰も乗ってこない。だが閉まりかけた扉の間に、毎回ちがう指の本数が見える、という話だった。
「いま何話」
「四十三」
「半分も行ってないじゃん……」
「でも、ここまで来ると逆に帰れなくない?」
「分かる」
「もうちょっと明るいの挟んでいい?」
「怖い話で明るいって何」
「ほら、ほっこり怪談みたいな」
「それ百物語でやることじゃないだろ」
笑い声が起きる。ちゃんといつもの高校生みたいな笑い方だった。
その笑いのあと、少しだけ静かになった。
誰かが窓の方を見た。誰かがつられて見た。外は暗いまま、何もなかった。
「……次、僕で」
そう言って始まったのは、小学生のころの林間学校の話だった。
夜、布団の中で一人ずつ怖い話をしていたら、隣の部屋からも同じように笑い声が聞こえてきた。けれど翌朝先生に聞くと、その隣の部屋は使っていなかった、という、ごく素直な話だった。
「それ、地味だけど嫌かも」
「分かる。普通にありそうで嫌」
「派手じゃない方が残るんだよね」
時計は進む。
数も進む。
四十話を越えるころには、五人の顔を照らす灯りが、最初より少し白く見えた。




